翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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日本政治では党員なんて意味がないんです

自民党の党員数が減少しているそうです。全盛期には500万人ほどいたのが、今では100万人を割っているそうです。これを自民党の党勢の減退だと捉える向きが多いようです。

北朝鮮や中国のような共産党が国家指導の立場にある国では、共産党員であること(北朝鮮の場合は労働党員)であることは出世のためには大変重要な条件ですが、日本の場合、自民党員であることが出世には影響を与えませんでした。どこかの政党に所属していることはたとえ自民党であってもあまり良い印象を持たれませんでした。日本では党員であることは重要ではありませんでした。

自民党で党員名簿が絡んで騒動になったのは、総裁選挙の時でした。昔の総裁選挙は予備選を行っていました。4人の立候補者が出て上位2名を選び、そして国会議員が選挙を行うという制度でした。これを考え出したのが竹下登氏でした。

そして、各陣営は党員票の獲得の獲得のために党員名簿に目を付けました。党員名簿はプライバシーの観点から公開されていません。しかし、古くなった名簿は機密扱いではなくなることに目を付けた竹下登と後藤田正晴は、それを手に入れて、ローラー作戦を展開し、田中氏が福田氏に勝利し、自民党総裁・総理大臣となりました。

また、三光汽船という大企業のオーナーであった河本敏夫氏は、党費の肩代わりをして何十万人もの党員を集めました。しかし、この時は、田中派の全面支援を受けた中曽根康弘氏が総裁・首相になりました。

政党には党員がいるべきで、三角形のような形になっているべきです。しかし、日本の場合、党員はあまり重視されず、党員側にもメリットがないために逆三角形のようになっています。日本の場合、個人の政治家が築いた、後援会が重要となっています。後援会のお手本と言われているのが、田中角栄氏が作った「越山会」です。チャルマーズ・ジョンソン博士には越山会を取り上げた小論もあります。

個人の政治家たちの努力で講演会の人数が確保されていることが大事で、党員数はあまり重要ではない、と私は思います。

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

「党員、100万人割れ確実=野党転落響く-自民」

2010年5月16日付 時事通信電子版

 自民党の2009年末時点での党員数が100万人を割ることが確実となった。党幹部が明らかにした。昨年の衆院選惨敗と野党転落で所属国会議員が激減し、従来の支持団体が離反したことが響いたとみられる。100万人の大台割れは、コンピューターによる記録が残る1977年以降初めてで、党勢低迷に歯止めが掛からない同党の現状が浮き彫りとなった。

 党員数は、91年には約547万人を記録。その後は200万~300万人台で推移したが、参院選比例代表に非拘束名簿式が導入された01年には200万人を割り、08年は約106万人にまで減っていた。 

 同党は、拘束名簿式だった当時は、各候補の党員獲得数を参考に名簿登載順位を決めていた。しかし、非拘束名簿式の導入後は、党員獲得数が当選順位に反映されなくなり、比例候補の支持団体の動きが鈍くなったとされる。さらに、所属議員が激減し、党員のつなぎ止めが難しくなっているという事情もある。

 同党は、例年2~3月に前年末時点での党員数を発表してきたが、09年の数字は「集計段階」(党関係者)として、公表していない。反転攻勢をうかがう夏の参院選に向け、公表すれば党内の士気に影響するとの懸念もあるようだ。

 衆院選候補となる小選挙区支部長選びに支障が生じるとの指摘もある。支部長候補の党員獲得状況が明らかになれば、党員集めで後れを取る有望新人に不利になるからだ。このため、公表は参院選以降にずれ込みそうだ。

(新聞記事転載貼り付け終わり)

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by Hfurumura | 2010-05-16 19:28 | 日本政治
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