翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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カテゴリ:中国政治( 13 )

習近平の次は胡春華だ

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

ロバート・ケーガン / ビジネス社



10年後の新指導者:次の「胡」(The Next Hu)

ツゥエン・ワン(Zheng Wang)筆
ナショナル・インタレスト誌(National Interest)
2012年12月19日
http://nationalinterest.org/commentary/hus-next-7866
http://nationalinterest.org/commentary/hus-next-7866?page=1

これから10年後に習近平の次の中国の指導者は誰になるか?それは新しい「胡」である。

 12月20日の木曜日、胡春華(Hu Chunhua、こしゅんか)は、広東省の党委員会書記に任命された。また胡春華は政治局に最近入った唯一の若手である。中国共産党がこれから10年間権力を保持できたら、2022年に開催される第20期中国共産党大会が開かれるとき、胡春華が中国の指導者に選ばれる可能性が高い。

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胡春華

 今年の11月に開催された第18期党大会の後に政治局員の確定名簿が発表された。薄煕来(Bo Xilai、はくきらい)の事件を含む様々なスキャンダルは、中国共産党の内部闘争と政治局常務委員会の人選について多くの噂を生み出した。政治局常務委員に誰がなるかについて多くの考察がなされた。そして、誰が保守派で、誰が改革派であるかということが議論された。しかし、今回の権力継承において最大の勝者は胡春華であると人々は考えている。胡春華は、まだ49歳であり、習近平(Xi Jinping、しゅうきんぺい)より10歳も若い。胡春華の異例の昇進は、中国共産党の権力継承と最高指導者選びに関する秘密のルールに則ったものである。

鄧小平(Deng Xiaoping、とうしょうへい)の遺した遺産の一つは、指導者交代の際の複雑な公式である。これは、現役の指導者が自分の後継者の後継者を選ぶというシステムである。中国語では、「隔代指定(gedai zhidin)」と呼ばれる。例えば、鄧小平は、権力を移譲する際、江沢民(Jiang Zemin、こうたくみん)の後継者に胡錦濤(Hu Jintao、こきんとう)を選んだ。江沢民は、胡錦濤の後継者に習近平を選んだ。今回は胡錦濤が影響力を行使する順番なのである。

 この後継者選びのルールができた目的は、最高指導者が力を握り続けることを避けることである。そして、鄧小平は、現役の最高指導者に自分の後継者を選ばせないようにした。これは、中国共産党内部の力の均衡を維持させることにつながり、後継者をめぐる内部抗争を減らすことにも成功した。後継者を早い段階に決定しておくことで、その選ばれた人物は、最高指導者の地位就任に向けて長い時間をかけて準備をすることができる。

 胡春華は、「小さな胡錦濤」と呼ばれている。そして、胡春華の政治キャリアは、胡錦濤全総書記と大変によく似ている。胡春華は、長年チベットで党委副書記を務めた。その後、中国共産主義青年団(Communist Youth League)のトップに任命された。それから、河北省の省長となり2年後には、すぐに内モンゴル自治区の党委書記に任命された。胡春華の在任中に、河北省で汚染ミルク事件が発生したが、胡春華は昇進を続けた。胡春華は、胡錦濤が最も信頼している人物であることは明らかだ。

 中国共産党内部の年功による昇進のルールに基づき、現在の政治局常務委員7名のうち、5名が5年後には引退することになる。胡春華は、2017年の第19期共産党大会で政治局常務委員となる可能性が高い。そして、現在から10年後の第20期共産党大会で、何か大きな事件が起きなければ、胡春華は、習近平の後継として中国共産党総書記に就任するだろう。

 中国共産党は世界最大の政党である。中国共産党内部では闘争が激しく、また強力で権威を備えた指導者がいないので、年功は指導者を選ぶ際に最重要の基準となる。2012年11月に政治局常務委員会のメンバーが発表される前、権力闘争や党内の政治的な連携関係に基づいたメンバーに関する噂が流された。しかし、最終的に発表された名簿を見ると、常務委員会のメンバー選びの際に最重要の基準は年功であることがはっきり分かった。

 現在の政治局常務委員7名のうち、第18期から常務委員だったのは、習近平と李克強の2名だけだった。その他の常務委員は全て引退した。従って、この2人が自然と中国の最高指導者となった。2人以外の5名の常務委員のうち、張徳江(Zhang Dejiang、ちょうとくこう)、兪正声(Yu Zhengsheng、ゆせいせい)、劉雲山(Liu Yunshan、りゅううんさん)の3人が政治局員を2期務めた。これらの人々は、習近平と李克強以外の政治局員たちよりも年齢が上である。彼らの年齢が上であることが常務委員に任命された理由なのである。王岐山(Wang Qishan、おうきざん)と張高麗(Zhang Gaoli、ちょうこうらい)は、今回常務委員への昇進がなかった汪洋(Wang Yang、おうよう)と李源潮(Li Yuanchao、りげんちょう)よりも年齢が上である。王岐山と張高麗は中央委員への選出が現在の政治局員たちより5年も早かった。

 年齢は重要である。鄧小平以来、中国共産党は、引退について固定したルールを設定している。68歳になった人物は、政治局常務委員にはなれない。66歳の張高麗と64歳の王岐山が政治局常務委員に昇進していなければ、彼らはこれから5年後の第19期党大会で引退することになっただろう。他方、57歳の汪洋と62歳の李源潮は第19期党大会では、まだ政治局常務委員になることができる。年功を尊重する文化では、これは人々の納得を得やすい習慣である。

 唯一の例外は、女性政治局員の劉延東(Liu Yandong、りゅうえんとう)である。彼女は張高麗よりも一歳年上である。彼女が政治局常務委員になれなかったのには2つの重要な理由がある。第一に、中国共産党の歴史上、女性で政治局常務委員になった人はいない党ことだ。更に、劉延東は目に見える業績を達成した指導者ではなく、女性初の政治局常務委員にふさわしくないということになった。第二に、他の男性の同僚たちに比べ、彼女のキャリアは中身が薄かった。彼女は、都市や省の長や経済発展部門の指導者を務めた経験がない。劉のキャリアのほとんどは、中国共産主義青年団と統一戦線に集中している。従って、政治局常務委員会に彼女に適した地位は存在しなかった。中国政治協商会議主席には彼女よりも年功が上の兪正声が就任することは既に決まっていた。劉延東が今回の人事を受け入れたのは、年齢が理由であることで説明がつく。

 新しい政治局にはもう一人の「若手」がいる。それが孫政才(Sun Zhengcai、そんせいさい)である。孫政才は、胡春華と同い年で、重慶市党委書記に任命されたばかりである。年齢のことを言えば、胡春華と孫政才は、他の政治局員に比べてかなり若い。孫政才は、2023年に李克強の次に国務院総理になると考えられている。胡春華を広東省に配し、孫政才を重慶市に配していることには重要な意味がある。経済と政治の面で、広東省は重慶市よりも重要である。このような配置は胡春華が中国の最高指導者の後継者であり、孫政才は彼の下につくということを確かなものにしている。

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孫政才

 第18期共産党大会での指導部交代で分かったことは、海外の中国ウォッチャーたちが中国共産党内部の抗争のインパクトを強調しすぎるということだ。内部の情報筋によると、薄煕来のスキャンダルが発生する前に、政治局常務委員会の名簿は決まっていたということだ。政治局常務委員会の定員が9名から7名に減ったことは、評判が悪い薄煕来が常務委員になれないようにする意図があったようである。薄煕来は63歳で、政治局常務委員会の定員が9名のままだったら、年功のことを考えると、常務委員になっていた可能性は高い。

 年功、年齢の基準と自分の後継者の後継者を選ぶという指導者選抜のルールはあるが、これは中国共産党内に内部抗争がないということを意味していない。しかし、内部抗争があることで、中国共産党がこうした基準を使うようになっているのだ。それは、より大きな混乱を避けるためだ。中国共産党では投票で指導者を選ばない。また、各指導者は様々なキャリアを経験しているため、実績を評価することは難しい。年功や指導者選抜のルールを使うことは、指導者に選ばれなかった幹部たちが人事を受け入れることができるために必要だ。これまでのところ、江沢民から胡錦濤、胡錦濤から習近平へ指導部の交代はスムーズに行われている。これから10年後に年功に基づいた同様の指導部交代が起こるかどうかを見るのは興味深い。胡春華はきっと同じような指導者交代が行われることを希望しているに違いない。

※ツゥエン・ワン博士:ウッドロー・ウイルソン国際研究センター研究員(公共政策)、シートン・ホール大学助教授。

(終わり)

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所


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by Hfurumura | 2012-12-22 11:39 | 中国政治

中国共産党中央政治局の顔ぶれ③

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



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⑳孟建柱(Meng Jianzhu、もうけんちゅう、65歳、江沢民派):中国共産党政法委員会書記
・1947年:江蘇省呉県生まれ。
・上海機械学院工業企業系統工程専攻卒業。工学博士。
・1971年:中国共産党入党。
・1976年:上海前衛農場党委副書記、農場長。
・1990年:嘉定県委書記。
・1993年:上海市副市長。
・1996年::中共上海市委副書記
・2001―2007年:江西省党委書記。
・2007―2012年:国務院公安部長。
・2008―2012年:国務委員(政法担当)。

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㉑趙楽際(Zhao Leji、ちょうらくさい、55歳、胡錦濤派):中国共産党組織部長
・1957年:青海省西寧市生まれ。
・1975年:中国共産党入党。
・1977―1980年:北京大学(哲学)在学。
・青海省で様々な職位を経験。
・1999―2003年:青海省長。
・2003―2007年:青海省党委書記。
・2007―2012年:峡西省党委書記。

・趙氏は先の第18回党大会を経て指導部を構成する政治局員(25人)に昇格したほか、書記局書記にも選出されており、習近平党総書記の下で幹部の人事評定や異動などの党務を取り仕切る。香港紙は、趙氏が胡錦濤国家主席、習氏の双方の支持勢力から受け入れられる人物で、中央組織部長に最適とされたと伝えている。(共同通信から)

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㉒故春華(Hu Chunhua、こしゅんか、49歳、胡錦濤派):広東省党委書記(予定)

・1983年:北京大学卒業。
・1983年:中国共産党入党。
・1983年:中国共産主義青年団チベット自治区党委勤務。
・1985年:チベット・ラサホテル人事担当部長。
・1987―1992年:中国共産主義青年団チベット自治区党委副書記。
・1992―1995年:中国共産主義青年団チベット自治区党委書記。
・1997―2001年:中国共産主義青年団中央書記処書記。
・1999年:中央党学校から修士号取得。
・2006―2008年:中国共産主義青年団第一書記。
・2008―2009年:河北省省長。
・2009年―:内モンゴル自治区党委書記。
・革命第6世代のホープ。

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㉓粟戦書(Li Zhanshu、りつせんしょ、62歳、中間派・不明):中国共産党中央弁公庁主任
・1950年:河北省平山県生まれ。
・1975年中国共産党入党。
・1983年:河北師範大学夜間大学政教系卒業。
・1983年―1985年:河北省無極県党委員会書記。
・1986年―1990年:共産主義青年団河北省委書記。
・1988年:中央党校党建設理論育成班で学習。
・2000年―2002年:西安市党委書記
・2003年―2007年:黒竜江省党会副書記。
・2008年―2010年:黒竜江省長。
・2010年―2012年:貴州省党委書記。
・2012年:党中央弁公庁へ。

・中央弁公庁主任は党の中枢ポスト。総書記との密接な立場から政策判断にも一定の影響力を持つ場合がある。温家宝、曽慶紅らが歴任した。
・栗氏は83年から2年間、河北省の無極県党委書記を務めた。同じ時期に近くの正定県党委書記だった習氏から信任を得て、習氏の意向で中央弁公庁主任に指名されたとみられる。(朝日新聞から)

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㉔郭金龍(Guo Jinlong、かくきんりゅう、65歳、胡錦濤派):北京市党委書記
・1947年:江蘇省南京市生まれ
・1970年:南京大学物理系卒。
・1979年:中国共産党入党。
・1987年:楽山市党委副書記。
・1990年:楽山市党委書記。
・1993年:チベット自治区委副書記。
・2002年:チベット自治区党委書記。
・2004年: 安徽省党委書記、後に省人大常委会主任を兼務。
・2008年:北京市長。
・2012年:北京市党委書記。北京市長辞任。

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㉕韓正(Han Zheng、かんせい、58歳、江沢民派):上海市党委書記
・1954年:浙江省慈溪市生まれ。
・1994年:華東師範大学卒、経済学修士。
・1979年:中国共産党入党。
・市化工局団委書記、市化工専科学校党委副書記、中国共産主義青年団上海市委書記、盧湾区長、市政府副秘書長、市計画委主任を歴任。
・1998年:上海市副市長。
・2003年―:上海市長(中国建国以来最年少市長)。
・2006―2007年:上海党委書記(代理)
・革命第5世代

(終わり)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

ロバート・ケーガン / ビジネス社


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by Hfurumura | 2012-11-22 18:34 | 中国政治

中国共産党中央政治局の顔ぶれ②

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



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⑭孫政才(Sun Zhengcai、そんせいさい、49歳、江沢民派):重慶市党委書記
・1963年:山東省威海市生まれ。
・1988年:中国共産党入党。
・北京市農林科学院大学院修了(作物栽培・耕作学)、農学博士。同科学院研究員。
・中国共産党順義県委員会副書記、順義県副県長、代県長、県長、中国共産党北京市順義区委員会副書記、同区長、同区党委員会書記などを歴任。
・2006―2009年:国務院農業部長。
・2009―2012年:吉林省党委書記。
・革命第六世代のホープ。

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⑮李建国(Li Jianguo、りけんこく、66歳、胡錦濤派):全人代常務副委員長(予想)
・1946年:山東省郵城県生まれ。
・1970年:山東大学(中国文学)卒業。
・1971年:中国共産党入党。
・天津市で様々な職位を経験する。
・1997―2007年:峡西省党委書記。
・2007―2008年:山東省党委書記。
・2008―:全国人民代表大会常務副委員長。

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⑯李源潮(Li Yuanchao、りげんちょう、62歳、胡錦濤派):全人代常務副委員長(予想)
・1950年:江蘇省漣水県生まれ。
・1972―1974年:上海師範大学で数学を学ぶ。
・1974年から中学教師、大学教師を務める。
・1978年:中国共産党入党。
・1983年―1990年:中国社会主義青年団中央書記処書記。
・1995年:中央党学校にて法学博士号取得。
・1996―2000年:国務院文化部副部長。
・2000―2001年:江蘇省党委副書記。
・2001―2002年:江蘇省党委副書記、南京市党委書記。
・2002―2007年:江蘇省党委書記。
・2007年―:中国共産党中央組織部長。

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⑰汪洋(Wang Yang、おうよう、57歳、胡錦濤派):国務院副総理(予想)
・1955年:安徽省宿県生まれ。
・1975年:中国共産党入党。
・1979年:中央党校理論宣伝幹部班に抜擢され政治経済学を学習。
・1981年:中国共産主義青年団安徽省宿県党委副書記。共青団省委宣伝部長、
・1983年:共青団安徽省委副書記。
・安徽省体育委員会主任、銅陵市党委員会副書記兼副市長、銅陵市長、省長助理、省計委主任などを歴任。
・1993年:安徽省副省長。
・1995年:中国科技大学で工学修士号取得。
・1999年国家発展計画委員会副主任。
・2003年国務院副秘書長。
・2005年:重慶市党委書記
・2007年―2012年:広東省党委書記。

・2007年:「二階級特進」の政治局委員入り。いわゆる共青団派で、胡錦濤に抜擢された。
・2008年1月、中国中部を2008年の中国雪害が襲い、送電線が雪の重みに耐え切れず倒れるなどしてインフラに多大な影響を及ぼした。旧正月を直前に控えた広東省では地方からの労働者が帰省のため駅に殺到していた。回復の見込みが無いため、汪洋は今年の帰省を見送るよう求め大多数がそれに応じたものの、被害対策の責任者だった温家宝が「旧正月前に帰省できる」と発言したため再度駅に押し寄せし、対応に追われた。
・2008年、世界的な景気後退を受けて、発表された国務院の景気刺激策に広東省が抱える外資の輸出企業対策が盛り込まれていなかったことを受け、衰退産業を省外に出して質の高い成長への路線転換を行う「騰籠換鳥」を提起した。中小企業の切捨てや失業者対策を半ば放置した発言をしたため、温家宝と再度対立する。2009年7月、GDP成長率を8%死守とした「保八」に対し、「GDPの数値はあまり重視していない」「不景気なときに成長が鈍るのは当然」と発言し、構造改革や産業の淘汰を強調。
・2009年重慶市で大規模な汚職追放キャンペーンが展開され、省公安副局長や司法関係者を含む2000人以上が逮捕された。後任である薄熙来党委書記と対立。

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⑱張春賢(Zhang Chunxian、ちょうしゅんけん、59歳、江沢民派):中国共産党組織部長(予定)
・1953年:河南省禹州市生まれ。
・1970―1975年:中国人民解放軍に入隊。
・1973年:中国共産党入党。
・1980年:東北重型機械学院卒業。
・卒業後は第三機械工業部に配属され、設計院党委書記など歴任
1991年 - 優秀な若手幹部から選抜されて監察部に移って駐機電部監察局副局長、後に中国包装和食品機械総公司総経理などを務めた
・2002―2005年:国務院交通部長。
・2005―2010年:湖南省党委書記。
・2010年―:新疆ウイグル自治区党委書記。

・新疆王」とまで呼ばれた王楽泉の後継として新疆ウイグル自治区党委員会書記に就任し、「最も開放的な書記」と呼ばれている。また5月には新疆生産建設兵団第一政治委員に就任した。新疆生産建設兵団は自身の領土を持ち企業を運営するなど、新疆ウイグル自治区を本拠地とする中国最大の屯田兵で、そのトップを任せたことで胡錦濤の信頼が厚いことが分かる。

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⑲范長龍(Fan Changlong、はんちょうりゅう、65歳、胡錦濤派):中央軍事委員会副主席
・1947年:遼寧省丹東市生まれ。
・1969年:中国共産党入党。中国人民解放軍入隊。
・1973年:中隊政治指導員。
・1982年:連隊長。
・1990年:師団長。
・1995年:少将。第16集団軍軍長。
・2003年:中将。
・2004年:済南軍区司令員。
・2008年:上将。

(つづく)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

ロバート・ケーガン / ビジネス社


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by Hfurumura | 2012-11-22 18:04 | 中国政治

中国共産党中央政治局の顔ぶれ①

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



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⑧馬凱(Ma Kai、ばがい、66歳、江沢民派):国務院副総理(予想)
・1946年:上海市生まれ。
・1965年:中国共産党入党。
・1960年代後半から1970年代には北京で中学教師などを務める。
・1982年:中国人民大学政治経済学部卒業。経済学修士。
・大学卒業後、北京市で経済計画、物価などの業務を担当。
・1995年以降、国家経済計画委員会副主任、国務院副秘書長などを歴任。
・2003―2007年:中国国家発展改革委員会主任。
・2008年―:中国国務院秘書長、国家行政学院院長。

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⑨王滬寧(Wang Huning、おう?ねい、57歳、江沢民派):国務院常務委員(予想)
・1955年:上海市生まれ。
・1972―1977年:上海師範大学(外国語)卒業。
・1978―1981年:復旦大学大学院(国際関係論)。
・1981―1989年:復旦大学国際関係学部講師、助教授、教授。
・1988―1989年:アイオワ大学、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員。
・1989―1994年:復旦大学国際関係学部部長。
・1994―1995年:復旦大学法学部長。
・1984年:中国共産党入党。
・1995―1998年:中国共産党中央委員会政策研究室政治班班長。
・2002―2007年:中国共産党中央委員会政策研究室主任。
・2007―2012年:中国共産党中央委員会政策研究室主任、中央委員会書記処書記。

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⑩劉延東(Liu Yandong、りゅうえんとう、67歳、胡錦濤派):国務院副総理(予想)
・1945年:江蘇省南通県生まれ。
・1964年:中国共産党入党。
・1970年:精華大学卒業。
・1982―1991年:中国共青団中央書記処書記。
・中華全国青年聯合会主席。
・1995―2002年:中国共産党中央統一戦線副部長。
・2002―2007年:中国共産党中央統一戦線部長。
・2008―2012年:国務院国務委員(教育・科学技術・体育など担当)

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⑪劉奇葆(Liu Qibao、りゅうきほ、59歳、胡錦濤派):中国共産党中央宣伝部長
・1953年:安徽省宿松県生まれ。
・1971年:中国共産党入党。
・1974年:安徽師範大学(歴史学)卒業。
・1985年:中国共産主義青年団で中央書記処書記。
・1993年:人民日報聡副編集長。吉林大学経済学員を卒業し、経済学修士。
・2006年:広西チワン族自治区党委書記。
・2007―2012年:四川省党委書記。

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⑫許其亮(Xu Qiliang、きょきりょう、62歳、江沢民派):中央軍事委員会副主席
・1950年:山東省臨ク県生まれ。
・1966年:空軍第一航空予備学校に入校しパイロット訓練を受ける。
・1967年:中国共産党に入党。空軍第八航空学校、第五航空学校へ転校。
・1969年:パイロットになる。
・1983年: 師長。
・1984年: 副軍長。
・1991年:少将。空軍軍長。
・1993年:空軍副参謀長。
・1994年:空軍参謀長。
・1996年:中将。
・2004年:中国人民解放軍副総参謀長。
・2007年:上将。

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⑬孫春蘭(Sun Chunlan、そんしゅうらん、62歳、胡錦濤派):天津市党委書記
・1950年:河北省ギョウ陽県
・1969年:遼寧市・鞍山産業技術学院で機械工学の学位を得る。
・1973年:中国共産党入党
・1969―1974年:鞍山時計工場勤務。
・工場内の共産党組織に参加し、政治の世界へ。
・1997―2005年:大連市党委副書記。
・2001―2005年:大連市市長。
・2005―2009年:中華全国総工会中央書記処第一書記、副主席。
・2009―2012年:福建省党委書記。

(つづく)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

ロバート・ケーガン / ビジネス社


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by Hfurumura | 2012-11-22 01:23 | 中国政治

中国共産党中央政治局常務委員会の顔ぶれ

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



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①習近平(Xi Jinping、しゅうきんぺい、59歳、江沢民派):党総書記、中央軍事委員会主席、中国国家主席
・1953年:峡西省富平県生まれ。
・1974年:中国共産党入党。
・1979年:清華大学化学工程部卒業。
・1979年:国務院弁公庁で耿飈副総理の秘書。
・廈門副市長、福州市党委員会書記歴任。
・2000年:福建省長。
・2002年:浙江省党委書記。
・2007年:上海市党委書記。
・2008年―2012年:中国国家副主席。

・革命第5世代。
・父親は習仲勲元国務院副総理。太子党。妻は中国の有名歌手彭麗媛。
・胡氏の意中の後継者は、共産主義青年団の後輩、李克強副首相だった。しかし、江沢民前国家主席ら党内保守派や、かつて籍を置いた軍の支持を固め、李氏の逆転を許さなかった。毛沢東から数えて「第5世代」のリーダー。党を代表とする既得権益層による権力と富の独占に民衆の不満が高まっている中、求心力をどう維持するのか。先送りされてきた政治体制改革への姿勢が問われることになる。再婚相手は軍所属の国民的歌手、彭麗媛さん。一人娘の習明沢さんは米ハーバード大学に留学中。(時事通信から)

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②李克強(Li Keqiang、りこっきょう、57歳、胡錦濤派):国務院総理
・1955年:安徽省定遠生まれ。
・1976年:中国共産党入党。
・1982年:北京大学卒業。
・1988―1995年:北京大学大学院経済学研究科。経済学修士・博士号取得。
・1985年:中国共青団中央処書記。
・1993―1998年:中国共青団第一書記。
・1999―2003年:河南省長。
・2002年:河南省党委書記。
・2004―2007年:遼寧省党委書記。
・2008―2012年:国務院常務副総理。

・革命第5世代
・文化大革命で学校生活が中断され、農村に「知識青年」として下放。文革が終わって初めての大学入試で北京大学に入り、学生会の責任者として頭角を現した。卒業後、米国留学を断念して1983年、共青団へ。そのトップ、中央第1書記だった胡氏の下で働き、自らも第1書記を務めた。07年の党大会で中央委員から2かいきゅうとくしんで政治局常務委員に選出されたが、高級幹部子弟グループ「太子党」の習近平氏の後塵(こうじん)を拝し、「ポスト胡錦濤」の座を譲る形となった。(時事通信から)
・1980年代に小沢一郎代議士の自宅にホームスティした経験有り。

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③張徳江(Zhang Dejiang、ちょうとくこう、66歳、江沢民派):全国人民代表大会常務委員長
・1946年:遼寧省台安県生まれ。
・1971年:中国共産党入党。
・1975年:延辺大学朝鮮語学部朝鮮語学科卒
・1978―1980年:北朝鮮にある金日成総合大学留学。
・1983―1985年:吉林省延吉市党委員会副書記。
・1995―1998年:吉林省党委員会書記、吉林省人民代表大会常務委員会主任。
・1998―2002年:浙江省党委員会書記。
・2002―2007年:広東省党委員会書記。
・2012年:重慶市党委書記。

・父親は人民解放軍少将。妻は辛樹森(元中国建設銀行副頭取)。1990年に江沢民の初の外遊となった北朝鮮に随行。以降、江沢民に引き立てられる。

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④兪正声(Yu Zhengsheng、ゆせいせい、67歳、江沢民派):中国政治協商会議主席
・1945年:浙江省紹興県生まれ。
・1964年:中国共産党入党。
・1968年:ハルビン軍事工程学院ミサイル工学部卒業。
・1968―1971年、河北省張家口市無線電信第六工場技術者。
・1975―1981年:第四機械工業部電子技術普及応用研究所技術者、エンジニア。
・1984―1985年:中国障害者福祉基金責任者、副理事長。
・1994―1997年:青島市党委員会書記。
・2001―2007年:湖北省党委書記。
・2007―2012年:上海市党委書記。

・父親の兪啓威(1912―1958年)は黄敬という別名でも知られる。初代天津市長、国家技術委員会主任兼第一機械工業部長を務めた。山東大学時代に図書館に勤務していた女性、李雲鶴と知り合い、同棲した。李雲鶴はのちに江青と名前を変え、毛沢東と結婚した(4番目の妻)。江青は文革を主導した文革四人組の一人となった。母親の范瑾(1919―2009年)は北京市副市長を務めた。太子党に分類される。
・長兄の兪強声は、中国の国家情報院である国家安全部で局長まで務めたが、1986年に米国に亡命した。この事件で、米国で約40年間暗躍した中国のスパイ、金無怠が逮捕され、自殺した。兪正声は、兄のためには出世の道が断たれるところだった。
・1975年に北京に戻って電子工業部へ。当時の電子工業部部長が江沢民元国家主席だ。江元主席は兪氏の父が1950年代、第一機械工業部部長だった時の部下だった。
・鄧小平の息子、鄧朴方・中国障害者連合会名誉主席(68)とも長年親交がある。1984年に、鄧氏と中国障害者福祉基金会で仕事をしたこともある。鄧氏は父親の鄧小平に、「兪正声は首相の器だ」と推薦したと言う噂もある。

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⑤劉雲山(Liu Yunshan、りゅううんさん、65歳、中間派・不明):中国国家副主席、中国共産党中央書記処第一書記、中国共産党中央宣伝部長。
・1947年:山西省忻県生まれ。
・1968年:内モンゴル自治区集寧師範学校卒業。
・1975―1982年:新華社通信記者(内モンゴル支社)。
・内モンゴル自治区で長期にわたり任務に付く
・1992年:中央党学校卒業(通信制)。
・1993―1997年:中国共産党中央宣伝部副部長。
・1997―2002年:中国共産党中央宣伝部副長、中央精神文明建設指導委員会弁公室主任。
・2002―2012年:中国共産党中央宣伝部長。

・江沢民時代の93年、中央宣伝部副部長に起用され、2002年宣伝部長と書記局書記に昇格し、江、胡両氏の宣伝工作を担当。胡氏の訪米に合わせてニューヨークの繁華街対ズムスクエアで、中国政府のコマーシャルを放映するなどイメージアップ戦略も手掛けた。インターネットの普及に合わせて、ネットを管理する政府部門を設立し、宣伝部門の権限を拡大。海外の活動家からは「トップの指示に従うだけで、自己主張を持たない」との批判も。自由や民主という西側諸国の価値観に対抗するため、中国独自の文化を世界に広めるソフトパワー戦略を強化して「文化強国」を目指す方針が打ち出されたのが、その仕掛け人でもある。(時事通信から)

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⑥王岐山(Wang Qishan、おうきざん、64歳、江沢民派):中国共産党中央規律検査委員会書記
・1948年:山西省天鎮県生まれ。
・1983年:中国共産党入党。
・1976年:西北大学卒業(歴史学)。
・西北大学、中国社会科学院などで史学研究に従事していた1970年代に金融などの経済問題に関心を有し国務院農村政策に携わる。1988年から、中国農村信託公司総経理、中国人民銀行副行長、中国建設銀行行長など金融ポストを歴任した。
・2002―2003年:海南省党委書記。
・2003―2007年:北京市長。
・2008―2012年:国務院副総理(商務・金融・貿易担当)。

・2003年の北京での新型肺炎(SARS)大流行や08年のリーマン・ショックなど、多くの危機で辣腕(らつわん)を振るい、「消防隊長」の異名を持つ。ユーモアあふれるストレートな発言は従来の中国指導者にないスタイルで、欧米の政治指導者や企業家(ジョン・ポールソン元米財務長官ら)からの受けもいい。(時事通信から)
・姚依林(よういりん)元副首相の女婿に当たる(太子党に分類される)。

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⑦張高麗(Zhang Gaoli、ちょうこうらい、66歳、江沢民派):国務院常務副総理
・1946年:福建省晋江県生まれ。
・1970年:厦門(アモイ)大学経済学部卒。石油部茂名石油工業公司に就職。
・1973年:共産党に入党。
・1988―1997年:広東省副省長。
・1997―2001年:深圳市党委書記1997年 - 深圳市委書記 就任(- 2001年)。
・2001年:山東省党委員会副書記、省長代行兼省長。
・2002―2007年:山東省党委書記 2002年 -山東省党委員会書記。
・2007年:天津市党委書記。

・江沢民前国家主席に信頼され、深圳時代は習近平国家副主席の父、習仲勲元副首相が余生を過ごしていて知遇を得た。曽慶紅前国家副主席や周永康政法委員会書記らとは「石油閥」でつながっている。文化大革命を想起させる政治運動を展開した薄煕来重慶市党委書記(当時)の尻馬に乗り、天津市でも革命歌を歌う活動を展開。薄氏が失脚すると、すぎに方向転換し、胡錦濤国家主席への忠誠を誓った。(時事通信から)

(終わり)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

ロバート・ケーガン / ビジネス社


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by Hfurumura | 2012-11-21 20:04 | 中国政治

中国政治分析では定評のあるウィリー・ラムの論説②

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



 汚職との戦いも胡錦濤の報告の中で短く触れられただけだった。胡錦濤は、1990年代後半に江沢民前国家主席によって提唱された、警句を繰り返したにとどまった。それは、「党内に蔓延している汚職を一掃できなければ、それは、党に対するボディブローとなり、党と国家の崩壊を招くことにもなる。私たちは、汚職との戦いと清潔な統治の確立の手綱を緩めてはならない。警報を常に鳴らしておく必要がある」というものだった。しかし、胡錦濤は、汚職一掃のための新しい方法を導入することはできなかった。例えば、党の高級幹部の近い親族の財産や外国の居住権を取得しているかどうかの公開といった党規を決めることができなかった。胡錦濤は、演説の原稿を読み上げる中で、次の部分を読まなかった。これは印刷し、のちほど配られた演説原稿の中には入っていた。これは大変重要だ。「高級幹部たちは自分たちを厳しく律する必要がある。さらには、自分たちの親族や近しい人々に対して教育をし、身分利用を制限しなければならない」(2012年11月8日付、新華社通信;2012年11月8日付、ケーブルTVニュース[香港])

 党大会開催が近づいていた時期、ブルームバーグとニューヨーク・タイムズ紙は、習近平国家副主席と温家宝首相の親族によるビジネス活動について詳細な報道を行った。中国は直ちに検閲を行い、これらの記事が中国のインターネット上では読めないようにした。しかし、それでも数百万のネット市民がこれらの記事を読んだと考えられている。胡錦濤は汚職の万円に警告を発したが、これは、党の高級幹部たちの強欲さに対して人々の批判が高まっていることに応えたものだ。しかし、実査には、党の高級幹部たちの近しい親族たちのビジネス活動について捜査が行われてはいない。各省や市町村からの党大会出席者たちとの会談の中で、広東省党委書記の汪洋(Wang Yang、おうよう)や上海市党委書記の兪正声(Yu Zhengsheng、ゆせいせい)は、親族たちが不適切な方法でビジネスをしないように効果的な対処を行ったと述べた(2012年11月9日付、IFeng.com[北京];2012年11月9日付、香港経済タイムズ)。

 報告の中で、胡錦濤は、経済の構造改革に言及した。胡錦濤は、中国の経済成長が「バランスが取れておらず、まとまりがなく、持続可能なものではない」と繰り返した。そして、胡錦濤国家主席は、「経済の構造改革を断行する」と約束した。胡錦濤は、党の幹部たちに対して、革新、特にGDP拡大の新たな柱として国内消費の拡大に向けての新たな方法を見つけ出すように注意を促した。胡錦濤は、経済の大部分を党と国家でコントロールで、中国共産党は「永久的な支配政党」となることができると主張し、「私たちは経済の生命線となり、また国家の安全保障にとって致命的に重要な、重点産業に国家の資本をより一層投入しなければならない」と述べた。しかし、こうした政治報告の中身は、北京にあるユニルール研究所の茅于轼(Mao Yushi)のような著名な経済学者たちとの主張とは矛盾してしまう。茅于轼は、「国家部門が進歩し、民間部門が後退する、国進民退(guojin mintui、the state sector advances even as the private sector retreats)」という考えを主張している(2012年11月1日付、Sohu.com [北京];2012年7月12日付、Sina.com [北京])。更には、温家宝首相は、経営状態が苦しい民間企業への一層の支援を約束した。「私たちは、非政府部門の経済を発展させるための政策を実行しなければならない。また、国家による独占を減少させ、産業界への新規参入の障壁を低くしなければならない」(2012年11月1日付、人民日報;2012年7月16日付、中国ニュースサービス)

 党大会開催の直前、中国政治の専門家たちは、胡錦濤率いる指導部は、中国では保守主義と同義の毛沢東思想を中国共産党の党規から外すことで自由化を進めようとしていると噂していた。政治局員だった薄煕来(Bo Xilai、はくきらい)は毛沢東主義の再生に、先頭に立って活動していた。その薄煕来が党を追われ、数年の懲役刑を受けることになるだろうと言われている。この薄煕来の失脚と追放が噂の根拠であった。しかし、党大会で承認された党規の大きな変更は、「科学発展観(kexue fazhan guan、Scientific Development Concept)」という胡錦濤が唱えた概念を、党と国家の「主導概念」に格上げすることだけだった。これは、「科学発展観」を江沢民前国家主席が唱えた「三個代表重要思想(san ge daibiao zhongyao sixiang Important Thinking of the Three Represents、)」(訳者註:マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論の3つを指す)と同格の「主導概念」にしたということになる(2012年111月8日付、民報)。

 今回の政治報告の中で、胡錦濤は、党の幹部や党員たちに対して、「政策実行の革新、理論の革新、機構の革新」のためにより一層努力することを求めた。これは、5年前の政治報告でも述べられたことだ。更に胡錦濤は次のようにも述べている。「党派、硬直化という古い道を進むことはない。また、正当な社会主義の基準から外れることもない」今回の政治報告は大変保守的な内容であり、また、新指導部選びも古臭い方法を採用した。これは、習近平総書記が、これからしばらくの間、改革を進めることはないということを示している。

※ウィリー・ラム博士:ジェイムズタウン財団上級研究員。アジアウィーク、サウス・チャイナ・モーニング・ポスト、CNNアジア太平洋本部などの国際的なメディアでの編集に携わる。中国についての5冊の著書がある。最新作は、『胡錦濤時代の中国政治:新しい指導者、新しい挑戦』。ラムは、秋田国際大学、香港中文大学での非常勤講師を務めている。

(終わり)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

ロバート・ケーガン / ビジネス社


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by Hfurumura | 2012-11-20 13:35 | 中国政治

中国政治分析では定評のあるウィリー・ラムの論説①

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



第18期中国共産党大会は改革が進まないことを示している(18th Party Congress Showcases Stunning Setback to Reform)

ウィリー・ラム(Willy Lam)筆
チャイナ・ブリーフ(China Brief)第121号第22巻
2012年11月16日
http://www.jamestown.org/programs/chinabrief/single/?tx_ttnews%5Btt_news%5D=40122&tx_ttnews%5BbackPid%5D=25&cHash=3f77881583fe99836d8896e1e5974736

 第18期中国共産党大会は閉幕した。今回の党大会の中で最も際立ったメッセージは、おそらく、温家宝(Wen Jiaobao、おんかほう)首相から発せられたものだ。7日間に及ぶ大イベントを報道する中国国内、国外のメディアの関心は、胡錦濤(Hu Jintao、こきんとう)党総書記の101分に及ぶ政治報告(これ以降は報告とする)に集まった。しかし、私は温家宝の簡潔な発言の方が重要だと考えている。

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演説する胡錦濤

 温家宝は、天津市からの党大会出席者たちと会談の席上、「私たちは党の指導を強化し、改善しなければなりません。特に、私たちは党と国家の指導システムの改革を進めばなりません」と述べた(2012年11月9日付、新華社通信)。胡錦濤は来年(2013年)3月まで国家主席の地位に留まる。胡錦濤は政治報告の中で、政治、機構改革に多くの時間を割いた。しかし、党大会の最大の機能である革命第五世代から新しい指導者たちを選抜することに関しては、古臭い、不透明な、派閥間の術策を採用した。また、しばらく前に公職から引退した党長老の復活を許した。

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天津市からの代表団と話す温家宝

 第18期政治局員及び、中国の最高指導機関である政治局常務委員会(7名)の選抜は、裏舞台での不正と駆け引きによって決まった。そのことが明らかになったのは、人民大会堂で開催された党大会開会式が始まってほんの数分が経ったときだった。69歳の胡錦濤がまずカメラの前に姿を現し、続いて、86歳の江沢民(Jiang Zemin、こうたくみん)前国家主席が姿を現した。2つの分離した「中核」が数メートルの距離を取って現れた。一つのグループは、革命第三世代、第四世代の人々であり、もう一つのグループは、第17期政治局常務委員やかなり前に引退した人々であった。このグループの最高齢は、95歳の宗平(Song Ping)だった。宗平は一時期、中国共産党組織の「皇帝(czar)」だった。彼が政治局常務委員から引退したのは20年も前のことだ(2012年11月9日付、文匯報[香港];2012年11月9日付、アップル・デイリー紙)。

 80歳代と90歳代の党長老たちが中国共産党大会に姿を現したことは、党の結束を示すための象徴的なジェスチャーということだけではない。過去に国を率いた経験を持つ人々が、今年の政治局常務委員会の人選でキングメイカーの役割を果たしたことも示している。例えば、第18期政治局常務委員会7名のうち3名は江沢民の側近である。江沢民は、党内政治で言えば、現在でも上海閥(Shanghai Faction)のトップである。党総書記の習近平は、2007年に政治局常務委員会に昇進できたが、これは、江沢民の指名によるものだ。すぐに全国人民代表大会常務委員長(Chairman of the National People’s Congress)に就任することになる張徳江(Zhang Dejiang、ちょうとくこう)と中国共産党中央委員会第一書記となる劉雲山(Liu Yunshan、りゅううんさん)も江沢民に引き立てられた。

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胡錦濤、江沢民、温家宝

 江沢民と84歳になる李鵬(Li Peng、りほう)元国務院総理は、胡錦濤の側近2名、李源潮と汪洋の政治局常務委員会入りを阻止するために動いた。李源潮と汪洋の両者は改革志向であるという評判をとっていた。彼ら2人は、今回何とか政治局入りすることができた。57歳になる汪洋は、現在、広東省党委書記であるが、来年3月には国務院副総理になる予定といわれている(2012年11月8日付、香港経済ジャーナル;2012年11月8日付、シン・タオ・デイリー[香港])。

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党大会に出席の李鵬

 2007年の第17期中国共産党大会での政治報告と同じように、胡錦濤は、11月8日の政治報告で、2段落にわたり、「党内民主(dangnei minzhu)」と党の人事システムの改革、特に指導者選抜におけるより公平で、より透明性の高い方法の採用について語った。胡錦濤は、「当局は党員の知る権利、党の討議に参加する権利、選挙権、監視する権利を具体化しなければならない」と語った。共産党の高級幹部を選抜することについて、胡錦濤は、「党は、完全に、かつ正確に、民主的、公開、競争、実力本位の選抜を行わねばならない」と述べた。5年前の第17期中国共産党大会で、胡錦濤は党の指導部選抜について議論をした。その内容は、「民主集中制と集団指導」を強調するものであった。また、

 胡錦濤は、「党は、個人や少数者の独裁的な方法に反対し、阻止しなければならない」とも述べた。今回の報告には、前回の報告にあった「強力な力を持つ者の独裁」に関しては言及がなかった(2012年11月8日付、新華社通信;2012年10月25日付、人民日報)。胡錦濤は、毛沢東(Mao Zedong、もうたくとう)式の「人治」の復活を批判しなかった。胡錦濤は、ここ数か月の江沢民の動きに対して不満が相当たまっていると考えられる。

  「党と国家の指導システムの改革」についての温家宝の発言は、胡錦濤の報告の内容に沿ったものであり、まさに時宜を得たものとして、大きな衝撃を与えた。温家宝は、ここ2、3年、政治改革のスピードアップを求める発言を数多く行ってきた。温家宝は、故鄧小平(Deng Xiaoping、とうしょうへい)の政治改革に関する布告を守ることも明言していた。これは、改革の設計者である鄧小平が行った有名な演説について、温家宝が間接的だが、明白に言及したことになる。鄧小平が行った有名な演説とは、1980年の「党と国家の指導システムの改革について」という演説である。この演説の中で、鄧小平は、世辞的、機構的自由化を妨げるものとして、「官僚制度、権力の過度の集中、家父長的な方法、指導者の終身在職や様々な特権」を挙げた。

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鄧小平

 鄧小平は、中国共産党の「家父長的な」伝統について言及した。「過度に集中した権力が個人の手に渡っている。それ以外にも、革命を主導する役職で、個人が組織に優先するという、家父長的な方法が蔓延している。その結果、個人が組織を自分たちの利益を実現するための道具にしている」(1980年8月18日付、人民日報)温家宝が、今回の江沢民をはじめとする党長老の活動について批判をしたという具体的な証拠はない。しかし、温家宝の天津市からの党大会出席者たちへの発言は、CCTVの夜のニュースで報道されなかった。新華社通信もまた、温家宝の発言を一日遅れで簡単に紹介しただけだった。一方で、各省や市町村からの党大会出席者との会談での、温家宝以外の政治局常務委員たちの発言は、中国の公式メディアで速報された(2012年11月10日付、民報[香港];2012年11月10日付、香港経済ジャーナル;2012年11月8日付、CCTVニュース)。

(つづく)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

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by Hfurumura | 2012-11-20 13:30 | 中国政治

中国新指導部についての最新論文:フォーリン・ポリシー誌から②

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



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 今回の指導部交代で最大の失望を与えたのは、政治局常務委員会内部の派閥の均衡が崩れたことだ。共産党は中国の権力を独占しているが、党の指導部は一枚岩ではない。2つの派閥が中国共産党内部には存在し、権力、影響力、政策決定で競い合っている。

 江沢民派の幹部たちは「太子党(princelings)」である。太子党とは、中国共産革命に参加した革命家や幹部の家族出身の人々のことだ。もう一つの派閥は、胡錦濤が率いており、この派閥に属する人々は、政治キャリアを、中国共産主義青年団(Chinese Communist Youth League)を通じて築いてきた。このグループは団派(tuanpai)として知られている。

 2つのグループの分裂は、意思決定プロセスにおけるチェック・アンド・バランスの機能を果たしている。2つの競い合っているグループの政治家たちは、専門分野、経歴、経験が全く異なる。彼らは全く異なる社会経済的階層や地域の出身であるが、効率的な統治ということになると協力して対処する。この2つの派閥(factions)が力の均衡を保てないことになると、力が弱い派閥は、非協力的になるだろう。更に事態が悪化すると、力の弱い派閥は、政治的な力や社会・経済的地盤を使って、権力闘争を始めるだろう。そして、この権力闘争は、政治システムの正当性を損ない、中国全体の安定に脅威を与えることになるだろう。

 今回の指導部個体では、政治局常務委員会内部における派閥の均衡は崩れたように見える。7名のうち、2名が団派である。その他の5名は、江沢民の側近である。劉雲山は、中国共産党宣伝部長だったが、この人物は特に江沢民に近い。対照的に、政治局と中央軍事委員会内部の2つの派閥のバランスは、均衡したままになっている。また、376名で構成される中央委員会に胡錦濤派の人々の多くが入っている。

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①習近平(しゅうきんぺい、59歳、江沢民派):党総書記、中央軍事委員会主席、中国国家主席
②李克強(りこっきょう、57歳、胡錦濤派):国務院総理
③張徳江(ちょうとくこう、66歳、江沢民派):全国人民代表大会常務委員長
④兪正声(ゆせいせい、67歳、江沢民派):中国政治協商会議主席
⑤劉雲山(りゅううんさん、65歳、中間派・不明):中国国家副主席、中国共産党中央書記処第一書記
⑥王岐山(おうきざん、64歳、江沢民派):中国共産党中央規律検査委員会主席
⑦張高麗(ちょうこうらい、66歳、江沢民派):国務院常務副総理
⑧馬凱(ばがい、66歳、江沢民派):国務院副総理(予想)
⑨王滬寧(おう?ねい、57歳、江沢民派):国務院常務委員(予想)
⑩劉延東(りゅうえんとう、67歳、胡錦濤派):国務院副総理(予想)
⑪劉奇葆(りゅうきほ、59歳、胡錦濤派):中国共産党宣伝部長(予想)
⑫許其亮(きょきりょう、62歳、江沢民派):中央軍事委員会副主席
⑬孫春蘭(そんしゅうらん、62歳、胡錦濤派):天津市党委書記(予想)
⑭孫政才(そんせいさい、49歳、江沢民派):重慶市党委書記(予想)
⑮李建国(りけんこく、66歳、胡錦濤派):全人代常務副委員長(予想)
⑯李源潮(りげんちょう、62歳、胡錦濤派):全人代常務副委員長(予想)
⑰汪洋(おうよう、57歳、胡錦濤派):国務院副総理(予想)
⑱張春賢(ちょうしゅんけん、59歳、江沢民派):中国共産党組織部長(予定)
⑲范長龍(はんちょうりゅう、65歳、胡錦濤派):中央軍事委員会副主席(予定)
⑳孟建柱(もうけんちゅう、65歳、江沢民派):中国共産党政法委員会書記(予定)
㉑趙楽際(ちょうらくさい、55歳、胡錦濤派):新疆ウイグル自治区党委書記(予定)
㉒故春華(こしゅんか、49歳、胡錦濤派):広東省党委書記(予定)
㉓粟戦書(りつせんしょ、62歳、中間派・不明):中国共産党中央弁公庁主任(予定)
㉔郭金龍(かくきんりゅう、65歳、胡錦濤派):北京市党委書記(予定)
㉕韓正(かんせい、58歳、江沢民派):上海市党委書記(予定)

 加えて、文民、軍両方の最高指導組織における太子党の数はこれまでにないほど高くなった。政治局常務委員会では7名中4名(57%)、中央軍事委員会では11名中4名(36%)を占めている。両委員会における太子党の割合は、過去の共産党大会開催時に比べ、かなり高くなっている。広く知られていることだが、共産党の指導者たちの多くが政治的な力を使って、国家の資産を自分たちの資産にしている。太子党が指導部で大きな存在を占めているので、人々が「あの人たちは政治的な力と資産を指摘に独占しているのだ」とますます考えるようになる。2012年11月13日、習近平は、自分の政権の最優先課題は、公正さと平等を増大させ、汚職を一掃することだと述べた。しかし、中国の人々は、太子党が最高指導部で大きな存在感を示していることから、習近平の言葉を、疑いを持って聞いた。その結果、新指導部に対する信頼は、全体として、低いものとなっている。

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常務委員会における太子党の数と割合

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中央軍事委員会における太子党の数と割合

 政治局常務委員会入りした4名の太子党の人々、習近平、張徳江、兪正声、王岐山は、経済、金融分野で長い間の経験を持ち、能力を発揮してきた。新しい政治局常務委員会は、経済改革、特に、中間層を喜ばせるために、民間部門の発展、金融自由化を進めるだろう。問題は、中国が経済改革を次のステージに進めるためには、同時に政治改革が並行して必要になるということだ。

 しかし、政治改革がすぐに実現することはないと思われるにはそれなりの理由がある。2人の重要なリベラルな政治家、李源潮(Li Yuanchao、りげんちょう)と汪洋(Wang Yang、おうよう)は政治局常務委員会に入れなかった。これが、政治改革は進まないのではないかという懸念を持つ大きな理由である。中国の一般の人々は、汪洋がどうして政治局常務委員会に入れなかったか、その理由をよく知っている。それは、保守派の政治家たちが汪洋を脅威であると見ていたからだ。汪洋の最大のライバルは、薄煕来だった。彼らは、権力、影響力、政策課題といった点で拮抗していた。薄煕来が政治の表舞台から退場させられた今、汪洋を政治局常務委員会に入れることを保守派は望まなかった。

 李源潮が政治局常務委員会に入れなかったのは驚きだ。李源潮は、法の支配(rule of law)、説明責任を果たす統治、党内民主制を求めるリベラルな知識人たちの代弁者であった。李源潮を支持する人は数多くいた。外国留学経験者たちは、李源潮の存在を好ましく思い、中国に帰国して国家に貢献しようという気になった。更には、大学まで出た共産党員が地方村落の幹部からキャリアを始めることを促したのも李源潮の存在があったからだ。

 これまで述べてきたように、中国にとって必要な政治改革は遅れることになるだろう。中国の一般の人々は、より競争があり、制度化され、透明性のある政治システムの実現を求めている。その人々の願いは、政治改革が遅れることで、ますます強くなっていくだろう。

※チェン・リー:中国エリート政治の専門家。ブルッキングス研究所上級研究員。

(終わり)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

ロバート・ケーガン / ビジネス社


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by Hfurumura | 2012-11-19 17:32 | 中国政治

中国新指導部についての最新論文:フォーリン・ポリシー誌から①

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



失われた機会?:中国の指導部移行の内部(Opportunity Lost? Inside China's leadership transition.)

チェン・リー(Cheng Li)筆
フォーリン・ポリシー誌(Foreign Policy)
2012年11月16日
http://www.foreignpolicy.com/articles/2012/11/16/opportunity_lost
http://www.foreignpolicy.com/articles/2012/11/16/opportunity_lost?page=0,1

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 世界のもう一つの超大国と人々が認める国、中国ではあるが、私たちは、中国の新指導者としてお披露目された7名の政治家たちの世界観、価値観、社会経済的政策についてほとんど何も知らない。これには私自身も驚いている。アメリカの政治家とは異なり、中国の政治家たちは、選挙運動のほとんどを閉ざされたドアの向こうで行う。そして、彼らは人々の投票によって選ばれることもない。

 今年(2012年)、中国では10年に1度の権力の移行が行われた。今回の権力移行は、これまでに比べても特に不透明なものであった。今年に入って、これまでにないほどの数多くの政治スキャンダルが発生した。その一つが、今年の3月に発生した、重慶市党委書記である薄煕来(Bo Xilai、はくきらい)の劇的な失脚であった。薄煕来は、野心的なそしてカリスマを備えた中国共産党の重要幹部であった。その彼が彼の妻が絡んだ殺人事件によって地位を追われた。もう一つのスキャンダルは、令計劃(Ling Jihua、りょうけいかく)の突然の解任だ。令計劃は、胡錦濤(Hu Jintao、こきんとう)の首席補佐官であり、第18期中国共産党大会が開催されるまでは、権力の中心にいた人物である。これらの驚くべき出来事は、中国社会の不安定さを高める危険性を増大させている。また、政治がどこに向かうか、不確実さもまた増大させている。そして、新しい新指導部の構成もまたこうした危険性を増大させている。

 中国の新しい指導者たちがお披露目された今、私たちは、いくつかの重要な疑問に答えることができる。それらは、「明らかな勝者と敗者がいるのか?新しく昇進した指導者たちのアイデンティティをしることで、中国がどこに向かうかが分かるだろうか?」である。

 ここで結論を言うと、中国の最高意思決定(統治)機関である中国共産党政治局常務委員会(Politburo Standing Committee)は、経済改革を次のステップに進めるためにその方向性とペースを決定するだろう。そして、中国の社会・政治に関する変革も始めることになるだろう。中国では、アメリカなどよりも顕著であるが、人事が政策の最重要要素となる。つまり、中国の政策を理解するためには、今回行われた歴史的な指導部交代のあらゆる側面を見ることが必要である。それらは、今回の指導部交代のプロセス、選抜方法、派閥間の力の均衡である。

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①習近平(しゅうきんぺい、59歳、太子党):党総書記、中央軍事委員会主席、中国国家主席
②李克強(りこっきょう、57歳、団派):国務院総理
③張徳江(ちょうとくこう、66歳、太子党):全国人民代表大会常務委員長
④兪正声(ゆせいせい、67歳、太子党):中国政治協商会議主席
⑤劉雲山(りゅううんさん、65歳、団派だが江沢民に近い):中国国家副主席、中国共産党中央書記処第一書記
⑥王岐山(おうきざん、64歳、太子党):中国共産党中央規律検査委員会主席
⑦張高麗(ちょうこうらい、66歳、太子党):国務院常務副総理

 党大会が開催される前、大きな事件が次々と起こった。薄煕来スキャンダルはその最たるものだ。こうした事件を考慮に入れないと、今回の指導部交代は、中国史において、2回目の平和的な権力移行であったと言える。1回目の平和的な移行は、2002年の時で、江沢民(Jiang Zemin、こうたくみん)から胡錦濤へと権力が移譲された。今回の指導部交代は、規則や規範に則って行われた。年齢制限も守られた。中国共産党中央委員会(Central Committee)は、中央、地方の重要な政治家たちによって構成される指導組織である。今回、1944年以前に生まれた中央委員たちは全員その地位から退いた。今回の党大会における、主な指導組織の構成員交代の割合は大変高くなった。中央委員会では64%、中央規律検査委員会(反汚職における国家最高機関)では77%、政治局常務委員会では71%、中央軍事委員会(中国人民解放軍をコントロールする組織)では64%となった。これらの組織の過半数が初めて委員として選ばれた人々によって構成されることになった。

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第18期党大会での中国の各指導組織の構成員交代の割合(黄色が新メンバーの割合):Central Committeeは中央委員会、CDICは中央規律検査委員会、Secretariatは中央書記処、Politburoは政治局、Politburo Standing Committeeは政治局常務委員会、CMCは中央軍事委員会

 これまでの党大会と同様、中国の指導部は、中央委員会については、複数の候補者からの選挙という方法を採用した。これは、「委員の数よりも多い候補者からの選挙(差額選挙、cha'e xuanju)」として知られている。今回の中央委員会の委員の選抜の場合、党大会の出席者約2200名が、205名の中央委員会の委員を選んだ。候補者は224名であった。つまり、候補者のうち、9.3%は落選することになっていた。中央委員会の委員候補(alternate members)の選抜もほぼ同じで、190名の候補者から171名を選抜した。約11.1%の候補者が落選した。

 中央委員会に落選した人たちの中には、政治局入りも噂されていた国務院商務部長陳徳銘(Chen Deming、ちんとくめい)や中国政界において影響力のある女性の一人である国務院監察部長馬馼(Ma Wen、ばぶん)がいる。国務院監察部は、政府の官僚たちの調査を行う省庁である。国務院財政部長謝旭人(Xie Xuren、しゃきょくじん)、国家発展改革委員会主任張平(Zhang Ping、ちょうへい)、中国人民銀行(中国の中央銀行)総裁周小川(Zhou Xiaochuan、しゅうしょうせん)、中国人民解放軍の最高幹部である上将章沁生(Zhang Qingsheng、しょうしんせい)が、年齢は基準に達していたいのだが、中央委員に落選した。

 胡錦濤は、今回の指導部交代で、中央軍事委員会主席の地位からも退いた。前任の江沢民は、国家主席の座から退いても、その後2年間、中央軍事委員会主席の座にとどまった。胡錦濤は、権力をすべて手放した。胡錦濤は、より制度化された完全な政治指導部交代の具体例を示したと言える。そして、党、国家、軍の関係をより強固なものにした。

 これらの制度的なルールや規範は何も新しく導入されたものではない。今回の党大会で採用された制度化された方法の多くは、第13期党大会(1987年)と第15期党大会(1997年)に導入されたものだ。1987年の党大会で中国共産党は、中央委員会の「委員の数よりも多い候補者からの選挙(差額選挙、cha'e xuanju)」を1987年に導入した。公開選挙の規模や大きさは、落選する候補者の割合を見る限り、ここ25年間でそこまで拡大していない。

 政治局と政治局常務委員会の場合は、複数の候補者からの選抜は行われていないようである。政治局員や政治局常務委員は今でもこれまでの古い方法で選抜されている。裏舞台での合意形成や引退した長老たちが影響を及ぼしている。政治局や政治局常務委員会のレベルに党内の複数候補者からの選挙を導入すれば、指導部の正統性を担保することになり、エリートたちの結束を高めることになっただろう。しかし、今回、複数候補者からの選抜という方法を採用しなかった。これは、中国の指導者たちが大きな機会を失ったということが言える。

(つづく)

アメリカが作り上げた“素晴らしき"今の世界

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by Hfurumura | 2012-11-19 17:26 | 中国政治

これだけ言えれば中国政治通ぶれる?:フォーリン・ポリシー誌から

中国の新指導者たちについて知っておくべき4つのこと(Four things you should know about China's next leaders)

アイザック・ストーン・フィッシュ(Isaac Stone Fish)筆
フォーリン・ポリシー誌(Foreign Policy)
2012年11月15日
http://blog.foreignpolicy.com/posts/2012/11/15/four_things_you_should_know_about_chinas_next_leaders

2012年11月15日、これからの5年から10年、中国を支配する7人の男たちが、北京にある人民大会堂(Great Hall of the People)のステージの上に立った。この文章では、中国のこれからを左右する男たちについて知っておくべき時期重要な4つの点を紹介したい。

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①技術者出身はいない(They're not engineers any more.)

 2006年、政治局常務委員会の9名の委員のうち、技術者としての訓練を受けた経験を持っていたのは、胡錦濤(Hu Jintao、こきんとう)国家主席(当時)と温家宝(Wen Jiaobao、おんかほう)国務院総理の2人だった。胡錦濤は、水力発電の技術者であり、温家宝は地質学の専門家だった。これが変化したのが2007年である。習近平(Xi Jinping、しゅうきんぺい)と李克強(Li Keqiang、りこっきょう)が新たな指導者として登場した。習近平は応用化学と法律を学び、李克強は大学学部時代に法律を学び、のちに経済学で博士号を取得している。

 今回の政治局常務委員の顔ぶれを見ると、経済学者、研究員、ジャーナリストなどより幅広い職業を経験した人々が集まっている。私は指導者のスタイルにそれまでのキャリアがどのように影響するかについて多くの本を読んだわけではない。それでも2006年にブルームバーグに発表されたアメリカと中国の指導者たちの比較を行った記事は参考になる。この記事には次のように書かれていた。「技術者はより良いものを求めて奮闘する。一方、法律家は最悪に備えて準備する」今回の人事は、中国を率いるという仕事をするために、様々な経験をした人々を集めたということが言える。

②中国の新指導者たちは胡錦濤氏よりもかなり容姿が良い(China's new leader is far more personable than the last chairman)

 習近平は、微笑みを浮かべ、リラックスしているように見せ、前任者に比べて、自然にふるまっていることを見せつけた。昨日退任した胡錦濤は、表情に乏しく、退屈な官僚そのものだった。胡錦濤の退屈さは中国の指導者にとっては当然ことではなく、例外であった。独裁者だった毛沢東は、カリスマによって人々を畏怖させた。身長が約4フィート11インチ(約153センチ)しかなかった鄧小平は1980年代から1990年代にかけて中国を支配したが、笑顔で人々を魅了した。胡錦濤の前任の国家主席だった江沢民もまた、堅苦しい印象を与える人物ではあったが、それでも何とか人に世印象を与えようと努力していた。私たちが幸運なら、この10年間の退屈な演説の伝統を習近平が終わらせてくれるだろう。

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一番上:習近平(序列第1位)、中段:左から・李克強(序列第2位)、張徳江(序列第3位)、兪正声(序列第4位)、下段:左から劉雲山(序列第5位)、王岐山(序列第6位)、張高麗(序列第7位)

③中国共産党は忘れられないことでも許す(The party forgives, even if it does not forget)

政治局常務委員会序列第4位になった兪正声(Yu Zhengsheng、ゆせいせい)は、1980年代には輝ける若き期待の星だった。しかし、1985年に国家安全部局長だった実兄がアメリカに亡命してしまった。5月に別の記事でも書いたが、この亡命は、CIA内部の中国側スパイの摘発につながっただけでなく、兪正声のキャリアも傷つけられることになった。兪正声は10年以上、山東省などの地方の比較的地位を転々とした。政治局に入ったのは2002年だった。そして、習近平の後任として上海市党委書記になったのが2007年だった。彼の兄の所在は明らかになっていない。また、実兄が「祖国を裏切り、逃亡した」後に、兪正声がどのようにして国家への忠誠を証明したのかも明らかになっていない。

④私たちは彼らについてほとんど何も知らない(We know so little about them)
腹がいっぱいになって暇になった外国人がわれわれの欠点をあれこれあげつらっている」、「中国は革命も輸出せず、飢餓や貧困も輸出せず、外国に悪さもしない。これ以上いいことがあるか」

2009年、習近平は、メキシコ訪問中に、「腹がいっぱいになって、何もすることがない外国人の中には、私たちを指さして批判をしている人たちがいる。しかし、中国は革命を輸出していない。更には飢餓や貧困も輸出していない。外国に出かけて迷惑をかけてもいない。これ以上のことはないだろうに、どうして外国人は中国を批判ばかりするのか?」という発言を行った。この発言は、世界中のメディアで数多く取り上げられた。それは、習が2007年に国政の場に登場して以降、最も面白い発言だったからだ。

 2010年に私は、シンガポール国立大学のボー・シンユエにインタビューした。インタビューの中で、ボーは、政治局常務委員会の序列第7位になった張高麗(Zhang Gaoli、ちょうこうらい)について、最高指導部に入っても目立たないように注意を払っていると語った。「中国では、頭を伏せておくように努力していないと、すぐに攻撃のターゲットにされてしまう」とボーは述べた。習近平以下の中国の新指導者たちにとってこの発言は従うべき助言であり、そのことを彼らはよく分かっている。そして、彼らは目立たないようにしている。それがまた、彼らを外側から見てミステリアスにしているのである。

(終わり)
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by Hfurumura | 2012-11-17 01:04 | 中国政治