翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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アメリカ外交についての論文翻訳

今回は、アメリカの外交政策についての論文をご紹介したいと思います。この論文は政治評論誌The National Interest(ザ・ナショナル・インタレスト)に掲載されたものです。

筆者はダグ・バンドウです。ダグ・バンドウは、ケイトー研究所のシニア・フェロー(幹部級)という地位にありました。ケイトー研究所は、副島隆彦先生の主著『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』によると、「リバータリアン保守派の牙城。保守派の中でもはっきりとリバータリアン思想に立脚することを表明している」(412ページ)シンクタンクです。副島先生が翻訳された『リバータリアニズム入門』の著者デイヴィッド・ボウツはケイトー研究所の副所長をしています。

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Wikipediaによれば、バンドウはジャック・エイブラモスの汚職に関連して、ケイトー研究所の上級研究員の職を辞しています。しかし、保守派の、リバータリアンの論客として活躍しています。

このバンドウの論文の主旨は、「アメリカは国防予算を減らし、海外での軍事活動を縮小すべきだ」というものです。これはアメリカの保守派がよくする主張です。バンドウは、論文の中で、東アジアとヨーロッパに言及し、アメリカが同盟国、日本や韓国、西ヨーロッパ諸国に軍隊を駐屯させる必要はないとしています。それはアメリカの国防にとって必要がないからだ、としています。そして、同盟国は、安全保障の面で、アメリカに依存し、ただ乗りしているとも主張しています。

バンドウは論文の中でロシアと中国について言及し、「これらの国々はアメリカの脅威とはならない」と主張している。『イスラエル・ロビー』の著者であるジョン・J・ミアシャイマーなどの現実主義(リアリズム)の学者たちは、米中衝突を予想しているが(『大国政治の悲劇』を参照)、この点で、リバータリアンとリアリストの大きな違いです。

バンドウの主張でおかしいと感じる点を指摘します。まず、日本も韓国も駐留アメリカ軍に相当の国家予算を割いています。日本では「思いやり予算」と呼ばれますが、英語ではhost nation support(ホスト・ネイションズ・サポート)と言います。ウィキペディアによると、日本が支払っている思いやり予算は、年間2000億円を超えています。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%9D%E3%81%84%E3%82%84%E3%82%8A%E4%BA%88%E7%AE%97)日本は決してアメリカの軍事予算にただ乗りしているわけではありません。国内の一部を占領している外国の軍隊のためにお金を出すのは不自然です。また、バンドウはアメリカの同盟国は、アメリカの軍事力にタダ乗りしている、と批判していますが、その中で、イスラエルには全く言及していません。ジョン・J・ミアシャイマーとスティーヴン・M・ウォルト著、副島隆彦訳『イスラエル・ロビー1』によれば、2005年までの時点で、アメリカはイスラエルに1540億ドル(約18兆円)も直接援助しています(52ページ)。アメリカ軍が駐留してもいず、ただアメリカから軍事援助を受けている、このことこそ、アメリカにタダ乗りしているといえます。しかし、アメリカ国内では、イスラエルに言及することを制限する雰囲気があるのです。

(『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』、『リバータリアニズム入門』、『イスラエル・ロビー1・2』はいずれも、ウエブサイト「副島隆彦の学問道場」www.soejima.toにて購入できます。)




The National Interest

2008年11月24日

The New Welfare State
新しい「福祉国家」

Doug Bandow
ダグ・バンドウ

共和党は破滅的な打撃を受けている。先日の大統領選挙・上下両院議員選挙は予想よりも酷(ひど)い結果にはならなかった。これから行われる上院議員選挙でも共和党の2つの議席は民主党に奪われてしまうだろう。共和党の受けた打撃は予想よりも小さいものだ。しかし、共和党の退勢はどうしようもない。

保守勢力から共和党へ、社会・経済政策に関し、様々な注文がなされている。しかし、共和党は自党の外交政策のスタンスについても考え直さねばならない。ネオコンたちは、ブッシュ政権下、外交政策を主導し、結果、彼らは失敗したことが明らかになった。バラク・オバマ新大統領とヒラリー・クリントン新国務長官は、民主党伝統の、リベラル・インターヴェンショニスト的な外交政策を踏襲するはずだ。共和党はそれに対抗して、世界中への無節操な介入ではなく、戦略的な独立を政策として訴えるべきだ。簡単に言うと、保守派は、アメリカの防衛を強固にする「国防」政策を主張すべきで、他国の社会的外科手術(社会工学、social engineering)路線など放棄すべきなのだ、と主張すべきなのだ。

保守派は、「国防を強固なものとするために軍事支出を増やす必要がある」と主張している。バラク・オバマでさえ、アメリカ軍の増強を選挙中に訴えていた。しかし、「世界中の敵に囲まれた無実・無辜の存在」というアメリカのイメージは、恥ずかしいくらいに意味がない。アメリカは世界一の軍事力を保持している。しかし、アメリカの「国防」支出は、アメリカの防衛に何の役にも立っていないのである。

2009年、アメリカ政府は、約7000億ドル(約70兆円)を国防予算に計上している。アフガニスタンとイラクでの支出を除く、通常の防衛活動にも、5150億ドル(約5兆1500億円)もの金が支払われている。この額を、冷戦期、朝鮮戦争、ベトナム戦争の際の国防支出などと、インフレ率を考慮に入れながら比較すれば、その額はより大きなものとなっていることが分かる。第二次世界大戦後、アメリカはソビエト連邦と対峙し続け、朝鮮戦争とベトナム戦争では泥沼の戦いを続けた。現在、アメリカはこうした深刻な脅威に晒されてはいない。

アメリカは全世界を支配している。アメリカの軍事支出は、全国家の軍事支出の合計の半分を占めている。アメリカは、中国とロシアを除く、全ての先進国と同盟関係を結んでいる。1991年のソ連崩壊の直後に、コリン・パウエル(Colin Powell)は次のように述べた。「悪者がどんどんいなくなっていく。私たちの敵はどんどん姿を消しつつある。後はカストロと金日成だけだ」と。カストロと金日成は危険な存在ではあったが、「悪の帝国」の代わりを務めるには小者過ぎた。

経済が好調で力を取り戻したロシアは近接する諸国家にとってのみ危険な存在である。ロシアは保有する核兵器のおかげでアメリカからの攻撃を免れているが、それ以上のことはできない。中国は、ロシアよりも国防に多くの予算を投入している。ある推計によると、中国の年間の国防支出は1000億ドル(約10兆円)を超えている。しかし、それでも、アメリカ軍の能力に追いつくことも、ましてや追い越すこともできない。例えば、アメリカは12隻の空母を保有しているが、中国は1隻も保有していない。アジア地域において、中国の膨張を食い止めたいと考えている国々は数多い。それらは、ロシア、インド、日本、そしてASEAN加盟諸国である。

アメリカの直面している最も大きな脅威はテロリズムである。テロリズムに対処するのに、軍隊は適当ではない。実際、テロリズムを根絶させようとして軍隊を投入すると問題はもっと深刻になってしまう。テロリストを掃討しようとしてある国に侵攻し、その国の人々を殺してしまうと、敵意をもっと大きくし、敵を増やしてしまうことになる。テロリズムを根絶するには以下の手段が有効である。テロリストを支援している国や個人に的を絞る。地元の協力者の協力を得た上で特殊部隊を投入する。同盟国と情報を共有する。資金の流れを断ち、個々のテロ組織を弱体化させ、壊滅する。テロリストを支援している国々を攻撃した後、その再建の過程で過度の復讐を行わない。以上である。

アメリカ政府は国防・軍事に巨額の予算を投入しているだけでなく、他国の防衛のために多くの兵員や装備を他国に駐屯させている。韓国の場合を例に取る。韓国駐留アメリカ軍はアメリカの安全のためには何もしていない。韓国は北朝鮮に比べ、2倍の人口を持ち、40倍のGDPを持っている。韓国がアメリカに軍事支援を頼むのは、ヨーロッパがメキシコからの攻撃に備えて米国の支援を懇請するのと同じことである。

日本は世界第二位の経済大国である。そして、あらゆる外部からの攻撃を抑止する能力を持つ国である。日本の周辺国が軍事力を増強した日本を恐れているからといって、沖縄にアメリカ海兵隊を駐留させる理由にはならない。60年前に終結した戦争に端を発する敵意や反感に真正面から取り組もうともしない国のお守りをアメリカがするべきではない。ヨーロッパ各国は浪費的とも言える福祉国家である。そんな各国を守るために、どうしてアメリカの納税者たちの血税が使われねばならないのか?ヨーロッパ各国が強力な軍隊を必要とするような脅威に晒されていないと考えるのは、彼らの勝手である。アメリカは国防を肩代わりすることで、ヨーロッパ諸国を甘えさせることはないのである。

ロシアが、アメリカの創設したNATOに加盟している西ヨーロッパ諸国を攻撃することはあり得ない。それはまるで火星人の来襲のようなものだ。ロシアと国境を接している旧ソ連諸国と旧ワルシャワ条約機構加盟国がロシアに対して懸念を持っていることは理解できる。しかし、ロシアは大国の伝統的な行動、すなわち国境防衛により力を注ぎ、イデオロギーを拡大させるために侵略戦争を行うようなことには関心がない。つまり、ロシアは近隣諸国をコントロールするのではなく、それらに影響を与えたいと考えているだけなのである。

ロシアが影響力を行使するであろうという見通しは、地政学的に恵まれない旧ソ連諸国にとっては喜ばしいものではない。しかし、旧ソ連諸国の懸念を払拭するために、アメリカが核兵器を保有するロシアと対立し、戦争の危険に巻き込まれる必要はないのである。アメリカ人たちがグルジアに対し同情する、人道上の理由がある。しかし、ヨーロッパの大国の方が中央・東ヨーロッパの各国を支援する理由がもっとあるはずだ。

実際、NATOは、アメリカにとってのブラックホールのような存在となっている。NATOを拡大するために、防衛力を持たない小さな属国を次々と加盟させている。しかし、そうした国々はアメリカにとって政治的な重荷となっている。それらの国々は社会的な不安定、民族対立、国境紛争を抱えている。例えば、NATOにアルバニアやクロアチアを加盟させることで、アメリカは何か利益を得るだろうか?エストニアのような国々は、数十人規模の部隊をイラクに派遣し、その見返りとして、アメリカにロシアの攻撃から守ってもらうことを期待しているのである。同盟関係はいまや一種の国際的な「福祉システム」となっているのである。アメリカは世界のあちらこちらに防衛力を供給しているのだ。

アメリカ政府は冷戦終結後、多くの国々に干渉してきた。アメリカ政府は、新しい政治体制建設や人道的介入を推進してきた。しかし、そうした施策は、アメリカの安全にとって重要なものではなかった。ハイチには2回、ソマリア、ボスニア、そしてコソヴォにはそれぞれ1回、アメリカ政府は介入した。それらがアメリカの安全にとって重要な役割を果たすことはなかった。イラク侵攻の正当化がいかなる形でなされている。今のアメリカは、クルド人、シーア派、スンニ派の間に立ち争いを止めるよう努力している占領者である。しかし、アメリカがそのようなことをする必要があるのか?私たちがそのようなことに犠牲を払う必要はないのである。スーダンへの介入や地政学的な危機は、アメリカにとっての多くの危険を生み出す結果となっている。アメリカ軍の一番の目的は、アメリカ国民、領土、そして、立憲体制、そして自由を守ることであるが、海外に大きく展開することによって、それができなくなっているのだ。アメリカが国防のみに専念していたら、軍事力はそんなに大きなものとはならなかっただろう。アメリカを陸軍のみで侵略できる国は地理的に存在しない。空軍力や海軍力をアメリカに匹敵、もしくは超えるくらいに装備できる、潜在敵国は存在しない。最大の脅威は、ロシアの核兵器である。しかし、アメリカが世界最大、最強の軍事力を保有しているのは事実である。アメリカが現在必要としているのは、効果的なミサイル防衛システムであり、アメリカはその開発を推進しているのである。

アメリカから遠く離れた、圧政国家にアメリカが介入することは、多くのコストを伴うものである。中国はアメリカにとっての、最後の脅威となっている。しかし、中国はアメリカを攻撃する能力を持っていない。ミサイル以外の手段でアメリカの領土を攻撃するには、巨大な陸・海・空各軍が必要となる。中国の人民解放軍はアメリカ軍に匹敵する力を持っていない。そして、中国はアメリカを超えるために力を結集しなければならない。そのためには、巨額の予算と長期の計画が必要となる。いつの日か中国が世界を支配することもあるだろうが、近い将来には不可能である。特に中国がアメリカよりも経済的に貧しいときは軍事力で超えることはできない。ここ数年の間に、中国がアメリカを経済的に追い抜くことがあるだろうが、中国の一人当たりGDPはアメリカよりもかなり低いものとなる。新たな「黄禍論」は全く意味をなさないのである。

中国の軍事予算は増加の一途をたどっている。その結果、アメリカは中国に介入することを躊躇している。中国は自国の核兵器を改良し、海軍力を増強し、外洋での作戦遂行能力を向上させている。通常兵器を近代化させ、戦争遂行能力を向上させている。例えば、中国は、アメリカの軍事衛星を破壊する能力を開発した。しかし、こうしたことがあったとしても、中国がアメリカを攻撃できるかと言うと、そうではない。しかし、中国軍の増強によって、アメリカが中国に圧力をかけることは難しくなっているのである。特に、台湾問題は大変にコストのかかる問題である。つまり、中国はアメリカを抑止することができるようになっているのだ。中国はアメリカの空母を撃沈し、アメリカへの情報を遮断し、アメリカからの核の脅威を無力化することができる。中国の増大する軍事力に対抗するために、アメリカは多くの資源を「国防」に振り向けねばならなくなるのだ。

アメリカは2つの基本的な選択を迫られている。一つ目は、アメリカは地球上のすべての地域で、これからも軍事的な優越を維持すべきかどうか、ということである。そのためには、アメリカはいかなる敵とも、敵対する同盟とも戦うことができる能力を維持することが必要だ。具体的に述べると、そのためには、アメリカ政府は、国防以外にも3つの責務を果たすことを望むはずだ。それらは、(一)ロシアの脅威からグルジアを守る、(二)中国から台湾を守る、(三)アフリカや中東の無政府国家を建て直す、である。これらの3つの責務と、アメリカの独立、自由、繁栄を守ることとは何の関係もない。しかし、これらの目的の達成を追求することはアメリカを守ることと同じくらいコストのかかることである。新興の超大国を抑止するだけでなく、倒すことができる戦略核兵器と通常兵力を維持すること、そして、アメリカの領土だけでなく、無政府国家に派遣し、長期間駐屯させることができるだけの地上兵力を維持すること、これらに大きなコストがかかるのである。中国とロシアの軍事予算は増大の一途をたどっている。それに合わせて、アメリカも軍事費を増大させねばならない。無政府国家の数は決して少なくない。それらに対応するために、アメリカは地上部隊を増強させねばならないのである。

アメリカの耐えねばなららないコストは財政面だけではない。上記の目的が失敗したら、つまり、中国かロシアを抑止することに失敗したら、結果は最悪となる。金を無駄に遣ってしまうだけでなく、国土も無傷では済まないだろう。中国やロシアはセルビアやイラクとは違うのだ。中国やロシアと戦火を交えるということは、セルビアやイラクと戦争をすることとは全く違うのだ。

アメリカ政府の二つ目の選択は、国防を国防政策の中心に戻すということだ。アメリカは、敵国からの攻撃を抑止、もしくは撃退するに十分な軍事力を維持するだけでよいのだ。空軍も海軍も敵をアメリカの領土に寄せ付けないだけの力があればよいのだ。ユーラシアを独占するような敵対的覇権国が誕生することを防ぐためにアメリカは必要があれば同盟を結ぶようにすればよいのだ。簡単に述べるならば、アメリカは世界最強の国家であるべきだが、他国に干渉したり、他国の戦争に参加したりするような、傲慢な唯一の超大国となってはいけない。

「戦争は国家の繁栄の証拠である」とランドルフ・ボウニーは高らかに宣言した。彼は正しい。戦争は大きな政府にとっての究極的な目的である。戦争によって、個人の自由、均衡財政、道徳的価値、平穏な家族生活は侵害されてしまうのだ。戦争はいつも、大きな政府にとっての最後の手段ではなく、最初に取られる手段である。大学に巣食う理想主義者たちやネオコン派の人々は、アメリカ国民の金で世界を作り変えようと主張する。だからと言って、彼らのせいで戦争が始まったわけではない。あくまで政府の問題なのである。

保守主義運動は終わっていない。しかし、保守主義はかなり傷ついている。保守主義を復興させるためには、右派はオバマ政権の伝統的なリベラル政策と全く異なる選択肢をアメリカ国民に示す必要がある。それはまず何より外交政策に反映されねばならない。バラク・オバマ大統領は、アメリカ国民の生命と金を使って世界を改革しようとするだろう。その時、保守派は、「アメリカ政府は、繁栄している同盟国を守るのではなく、アメリカをしっかり守るようにせよ。そして、世界中での社会的外科手術などにうつつを抜かすのではなく、アメリカ人の自由を守るようにせよ」と主張するだろう。そして、この政治的な戦いに、右派は勝利するだろう。

ダグ・バンドウ:アメリカン・コンサヴァティヴ・ディフェンス・アライアンス研究所・ロバート・A・タフト記念研究員。ロナルド・レーガン元大統領の特別顧問。著書『海外での愚行:アメリカの新しい世界帝国』。
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by Hfurumura | 2009-01-26 23:59

オバマ大統領就任式

今日の未明、オバマ大統領就任式及びスピーチを見ました。

ワシントンの議事堂前に設(しつ)えられた舞台には、上下両院の
議員たち、歴代の大統領たちが立ち並ぶ中、オバマ大統領が登場
しました。それはローマの元老院たちが皇帝を迎えているようにも
見えました。

「奉仕」、「責任」がキーワードの就任式であったと思います。そして、
この就任式のスピーチは、アメリカのこれからの苦境を予感させる
ものとなりました。

オバマ大統領はアメリカ国民に自分たちの責務を果たすように「命じ」
ました。その責務とは「痛みを感じながらもそれを我慢する」ことのように
思われます。アメリカ国民はどれほど忍耐できるでしょうか。

国のトップが国民に対して「奉仕」や「責任」などと言い出したら、これは
危険な兆候です。こういう場合、政府は、戦争とか、預金封鎖とか、国民
の犠牲を強いる政策を行うことが多いです。

メディアはオバマ氏の登場を「苦境の中の希望」と持ち上げ、環境関連
産業への投資を行う「グリーン・ニューディール政策」について喧伝して
います。これは、脱石油依存で、中東、ロシア、ヴェネズエラの力を弱める
ことが第一の目的ですね。

オバマは決して、政治の素人ではないし、ただの理想主義者ではないよう
です。それが「オバマも結局一緒か」ということになれば、アメリカ国民の
失望感を招くでしょう。それが行き過ぎると、オバマ大統領は4年間の
任期を全うすることは難しいでしょう。演説で人々を「だますこと」という点で、
オバマ大統領は、小泉元首相と似ていると思います。

就任式で印象に残ったのは、オバマ大統領の演説を見守る、ジョン・D・
ロックフェラーの姿でした。

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誰が本当の「皇帝」か、これで分かります。
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by Hfurumura | 2009-01-21 12:42

変な人だと思われますが

ラグビー観戦、野球観戦の際、試合前、試合後に国歌、校歌を歌ったり、国旗、校旗を掲揚したりします。

その際に、自分のルールとして、上着(ジャケット)を着用し、コートやマフラーを脱ぐようにしています。一緒に行く人たちにそのことで驚かれたり、ちょっと怖がられたりします。

私はどちらかというと、リベラルな方で、軍隊とか戦争とか嫌いです。戦争映画や殺人シーンがあるような映画は見たくありません。また、暴力や暴言も嫌いです。痛いことは嫌いです。

ですが、外見が怖そうに見え(貫禄があるとも言われます)、また、上記の行動から、大変に右翼的な人間であると思われているようです。

リベラルな考えと右翼的な行動が一人の人間の中で両立するのでしょうか。それがするんですね。それはリベラルは「自分で決める」ことだと思うし、伝統を重んじることと右翼的なこととは違うからです。歯止めや制限、規律はいつでもあります。しかし、規律を国家が強制してはいけません。また、空気感などという訳のわからない言葉で社会が強制してもいけません。自分自身で決めたことだから、私は上記の行動は「リベラル」だと思っています。キーワードは「強制ではない」です。

また、伝統重視と右翼的な考えは違います。伝統はこれまで先達たちが培ってきたものに感謝し、その受け手となったことに感謝し、それを発展させていこうという、社会的なDNAのような存在だと思います。伝統間に優劣はつけないし、多元主義的だとも思います。しかし、右翼は優劣をつけ、攻撃的です。ほかの考え方、価値観を認めません。「主体」が相対的な存在です。ここでのキーワードは「自分」です。

「自分が大切にしたいものを大切にする方法を他からの強制ではなく、自分で決める」と書くと、長いけど、「自分が好きだから」ということになってしまいますね。

自分が好きなものだけでなく、横にいる人が好きなものも尊重できる(好きになれなくても)ような人間になりたいものです。なかなか難しいことですけど。

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by Hfurumura | 2009-01-13 11:42

ラグビー!ラグビー!

2009年1月10日、ラグビー大学選手権決勝、帝京大学(対抗戦第一位)対早稲田大学(対抗戦第二位)の試合が国立競技場で行われ、観戦(応援)してきました。

結果は20対10で早稲田大学が勝ち、昨年に引き続き、大学チャンピオンとなりました。試合は決勝にふさわしい内容の、素晴らしいものとなりました。

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帝京には一度対抗戦で敗れ、明治にも不覚を取った早稲田の下馬評は決して高いものではありませんでした。

前半は、早稲田の選手たちの動きが硬く、帝京の選手たちは出足の鋭さで早稲田を圧倒していました。帝京がペナルティゴールで先制した時は、帝京のペースかと思われました。しかし、先制されたことで、早稲田の選手たちはリラックスしたように思えました。ディフェンスが格段に良くなり、トライを許しません。早稲田は田邊選手のペナルティゴール、豊田選手のトライで、10対3で前半を折り返しました。

後半は苦しい時間帯(20分)に田邊選手のペナルティゴール、豊田選手のトライで効果的に得点を挙げられました。帝京は前半の勢いがなくなっていたように思われます。通の人々に言わせると、「帝京は後半20分くらいから息切れしてくる」ということでしたが、まさにそのようになりましたが、帝京が後半に挙げたトライは早稲田のディフェンスを振り回し、最後はバックスが決めるという、早稲田がやりたい攻撃をやっていて、非常に美しい攻めでした。さすがに対抗戦一位のチーム、意地を見せてくれました。

ラグビー歌「あらぶる」を生で聞くことができて、幸せでした。早稲田の伝統を改めて感じました。ラグビーの場合、新興の大学が大学チャンピオンになるのは大変なことです。そして、強豪の位置を守り続けることはもっと大変なことです。大東文化大学、大阪体育大学など80年代に輝いていたチームも苦しんでいます。しかし、ひとたび「伝統」が確立されれば、強豪となります。関東学院大学はその例と言えるでしょう。

伝統とはやっかいなもので、強調されすぎると停滞を招きます。明治大学、同志社大学の場合は、そのように思われます。早稲田も一時期そのようであったと思います。しかし、伝統によって「守るべきもの」が明確化されれば、革新は進められます。We must change to remain the sameは保守主義を説明する格言ですが、伝統にも同じことが言えるでしょう。

試合後は高田馬場で新年会。ちゃんと帰っていたので良かったんですが、お金もちゃんとあったんですが、知らないお店(スナック)の、白紙の領収証がポケットに入っていて、びっくりしました。どこでもらったのか、拾ったのか分からないけど、酒は飲んでも飲まれないようにしたいと思います。

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by Hfurumura | 2009-01-11 23:56

初めて

ブログを始めます。

日常考えていることを書いていきたいと思います。

何かすばらしいものを書こうと思うと、何も書けなくなってしまうので、
自分の考えたことを備忘録代りに書いていきたいと思います。
まぁ、こんなことは誰でもブログを始める時に書くことでしょう。

ブログを始める理由は、
1.ホームページを始めなくてはならなくなり、慣れるため
2.2009年が始まったので、新しいことをやってみる

というところです。

酔生夢死とは、「酒に酔い、夢の中で生き死ぬ」という意味です。
自分は堅苦しい人間で、酔生夢死という生き方に憧れます。
実際はできないでしょうけど、できたらいいなぁと思っています。

私の日常生活を考えると、国内政治、国際政治、スポーツのことが
トピックになります。

どうぞよろしく。
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by Hfurumura | 2009-01-10 00:21