翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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再び・小沢一郎を城山の西郷隆盛にしてはいけない

先週末、江藤淳著『南州残影』を読んでいました。その書評をウェブサイト「副島隆彦の論文教室」に掲載しました(こちらからどうぞ)。もしお読みいただければ幸いです。私は、このブログで何度も「小沢氏は西郷である」と書きました。そして、2010年6月7日に「小沢一郎を城山の西郷にしてはいけない」(こちらからどうぞ)というタイトルで文章を書き、このブログに掲載しました。

『南州残影』は、もともと雑誌「文學界」平成6年(1994年)10月号から平成10年(1998年)1月号まで10回にわたり連載されたものをまとめた本です。単行本は平成10年(1998年)3月に文藝春秋から刊行されました。一方、「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」は平成9年(1997年)3月3日の産経新聞に掲載されました。「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」は、今年、産経新聞から出た『小沢君、水沢に帰りたまえ』という選集に所収されています。時系列として、江藤氏が『南州残影』の後半部を書かれていた時期と「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」を書いた時期は重なります。そして、江藤氏は、「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」の中に直接は書いていませんが、小沢を西郷と重ねて見ていた、と私は考えます。江藤氏は、「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」の中で次のように書いています。

(引用はじめ)

沖縄は、防衛・外交は、財政再建は、憲法改正は?小沢にはとてもついて行けないといって烏合の衆を成していた連中が、自分の頭で考え、自分の言葉で語りはじめれば、永田町は確実に変わる。変わらないかも知れないけれども、小沢一郎が新進党の党首を辞め、議員バッジもはずしてサッサと故郷に帰ってしまえば、新進党はもとより自・社・さも民主党も、皆一様に茫然自失せざるを得ない。

その茫然自失のなかで、人々は悟るに違いない。過去五年間日本の政界を閉ざしていた暗雲の只中に、ポカリと一点の青雲が現れたことを。党首の地位にも議席にも恋々とせず、信念を枉(ま)げず、理想を固く守って故山へ戻る政治家の心情の潔さを。小沢君、君は何もいう必要がない。ただ君の行動によって、その清々しさを示せばよい。

大西郷以来、そういう出処進退を示し得た政治家が何人いただろうか。洋の東西を問わず、クリントンもエリツィンもメージャーも、江沢民も金泳三も、一人の例外なく「続投」に汲々としているだけではないか。(22-23ページ)

(引用終わり)

 江藤氏は小沢氏に出身地である水沢(現・奥州市)に帰るように主張していますが、これは何も小沢氏にそのまま引退せよ、などと言っているものではありません。以下に「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」から引用します。

(引用はじめ)

水沢で想を練り、思索を深めつつ改稿した『日本改造計画』第二版をひっさげて、捲土重来、国民の輿望(よぼう)をになって議政壇上に復帰する日が、そう遠いものとも思われない。(24ページ)

(引用終わり)

小沢氏が水沢に帰って隠遁することで、国民は小沢氏の価値を再認識する。それによって、小沢氏は再び国民の期待を一身に受けて議会に復帰することになる、と江藤氏は述べています。

こうした「国民の期待を一身に受けて中央に乗り込む。そして国民のための政治を実行していく」という政治家というのは、まさに、アメリカでいうポピュリスト(Populist)の系譜に連なります。アメリカのポピュリストとして有名な政治家と言えば、ヒューイ・ロング(Huey Long)です。ポピュリストという言葉は、大衆迎合に汲々とする政治家という意味で使われますが、それは正しくありません。ポピュリストとは、人々の既存の政治に対する怒りを代表してそれを正そうとして政治の中心に乗り込んでいく、力のある政治家のことです。

江藤氏はポピュリストという言葉を使っていませんが、彼の言葉づかいを見ると、まさにポピュリストのことを述べています。そして、私は小沢一郎は西郷隆盛であると書きましたが、ここでポピュリストでもある、とも言えると結論付けます。

ここで重要だと私が考えるのは、江藤氏が小沢氏に水沢に帰って再び議会に戻って来たらよいと書いていることです。西郷は明治六年の政変で失脚し、鹿児島に隠遁しました。江藤氏は「大西郷以来、そのような清々しい進退を行った政治家はいない」と書いています。しかし、西郷は鹿児島に帰った後、再び、行動を起こします。それが西南戦争です。

西南戦争は西郷が国を守るために、国恩に報いるために、一身を滅して大義を示すことが目的であった、と江藤氏は述べています。ですから最初から新政府を改革しようとか、自分が新政府の長になるなど考えていなかったのです。ですから最初から「斃れる」ことを目的として兵を挙げています。

それでは、江藤氏は小沢氏に西郷のような最期を見ていたと言えるのか。これは分かりません。しかし、「議政壇上に復帰する」と江藤氏は書いていますから、小沢氏がちゃんと東京の永田町にある国会議事堂で議員として活動をすることを念頭に置いて、この「帰りなん、いざ―小沢一郎君に与う」が書かれていると思います。

ですから、江藤氏は「小沢君(慶応義塾の伝統で塾生どうしは君付けで呼ぶらしいです)は西郷のように清々しい進退をせよ。そうすれば人々は君を放っておかない。君を再び国政を担う地位まで復帰させるだろう」ということを述べています。ここには、『南州残影』のキーワードである「全的滅亡」や「亡びへの憧憬」は出てきません。

私は、小沢氏には、大変難しいことかもしれませんが、西郷と勝海舟の両方をやって欲しいと考えます。それはつまり、その理想と実力によって人々の声望を集め、人々に国政の任を任せられるポピュリストとしての役割と、勝海舟のような綿密に企図された行為を行い、政治的人間として生き残り、国家枢要の地位に就くという役割を同時に果たして欲しいと考えます。小沢氏は「情けとしては西郷が好きだが、政治家としては大久保利通を尊敬している」と語ったことがあります。

ですから小沢氏は私が今まで書いてきた様なことはよくご存じであると私は考えます。大義に殉じて「斃れる」ことはカッコいいことですし、小沢氏がそれを行う機会はこれまでもありました。しかし、これまでしぶとく生き抜いてきたところに、小沢氏の「政治的人間」の能力の高さがあります。

今回の民主党代表選は西郷がいわゆる征韓論で敗れた明治六年の政変と同じことで、ここで1回撤退しておいて、捲土重来を期すという作戦が上策であると私は考えます。

再び、小沢一郎を城山の西郷隆盛にしてはいけません。

(終わり)
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by Hfurumura | 2010-09-20 15:59 | 日本政治

菅総理の民主党代表再選について:前原氏のトロイカ潰しの成功

本日、2010年9月14日、民主党の代表選挙の投開票が行われました。結果は菅直人総理が小沢一郎前幹事長を破り、再選されました。ポイント数は、小沢一郎氏(党員・サポーター票:51、地方議員票:40、国会議員票:400[議員数200名])、菅直人氏(党員・サポーター票:249、地方議員票:60、国会議員票:412[議員数206名])で、小沢氏491ポイント、菅氏721ポイント、議員のうち、投票せず2名(恐らく横路孝弘衆議院議長と西岡武夫参議院議長)と無効票3票という結果になりました。

2010年8月31日、小沢一郎氏が民主党代表選に出馬を正式に表明し、翌2010年9月1日に代表選挙が正式に告示されて以来、激しい選挙戦が繰り広げられました。街頭での立会演説会、日本記者クラブ主催の共同記者会見、選挙管理委員会主催の討論会、議員有志による両候補者の討論会が開催され、両候補は積極的に参加しました。民主党の党員やサポーターではない、多くの国民もその様子に惹きつけられました。

メディアは、世論調査の数字を示し、「世論では圧倒的に菅総理が優勢」と報じ、一方、小沢氏については「政治とカネの問題」がクリアされていない、国会運営もうまくいかないと報道し、小沢氏に対するネガティブキャンペーンを執拗に行いました。特に、日本記者クラブで代表して両候補に質問した、と言ってもほとんど小沢氏の政治とカネの問題を集中的に質問した新聞社の幹部たちには特に失望し、呆れて果てました。彼らは自分が持っている答えに合わない答えを認めず、同じ質問を繰り返します。それは以前見た連合赤軍を題材にした映画の一シーンのようでした。スパイを見つけるための活動、「査問」そのものでした。小沢氏がいくら説明しても、メディアは「政治とカネの問題は決着がついていない、説明がなされていない」と報道し続けました。

その後、何度か討論や記者会見が行われました。その中で、菅総理と小沢氏の違いは際立つものでした。菅総理は3回行われた立会演説会ではそれぞれ話す内容がコロコロと変わりました。そして過去の実績を前面に押し出す内容の話でした。一方、小沢氏は官僚主導から政治主導への政治という大目標のために各種政策を行うという具体的なものでした。小沢氏の政策や理念に初めて触れて驚いたという感想を持った人が数多くいたという話はメディアでも流されました。

小沢氏が総理になることにはアメリカ、官僚、そしてメディアが揃って反対し、様々なキャンペーンが行われました。鈴木衆議院議員の上告棄却、欧米メディアでの小沢バッシング、意図的なリークなど、ありとあらゆることが行われました。

そして、本日、投開票を迎えました。結果は大方の予想を裏切り、菅総理が大勝しました。党員・サポーター票は菅総理249対小沢氏51と完敗でした。これは小選挙区300で勝者が全てを取る、ウィナー・テイクス・オール方式でした。ある選挙区で51対49であってもその選挙区は51を獲得した候補者のポイントとなります。得票数は、菅総理137,998票対小沢氏90,194票です。パーセンティジにすると菅総理60.47%対小沢氏39.52%です。地方議員票は菅総理60対小沢氏40でした。議員票は予想に反し、菅総理が僅差でリードとなりました。議員票は小沢氏がリードすると考えていましたが、予想が外れました。申し訳ありませんでした。

今回のこれだけのポイント差がついたことについては色々と噂がありますが、どれもはっきりしないことですのでここでは申し述べません。

それにしても、今回、党首選になったのは、トロイカ体制+1(菅総理、鳩山前総理、小沢氏、輿石氏)の挙党態勢を構築するという話が壊れたことがスタートでした。菅総理はトロイカ+1を受け入れる用意があったのに、これに反対したのが前原国交大臣です。前原氏は「そんなことをするならオレが代表選に出馬してやる」と菅総理を脅し上げ、トロイカ+1は壊れました。こうして代表選が始まり、現職の菅総理が勝利を収めました。一番の利益を受けたのは選挙で勝った菅総理です。しかし、長期的に見ると、前原氏にもかなりの利益となります。

まず、トロイカ+1がいつまでも主導権を握っていると、自分たちには中々順番が回ってきません。それで、まず、トロイカ体制を崩壊させます。そのために鳩山氏が子どもの使いのように何度も往復して、「結局、何だったんだろう」ということになります。トロイカを分裂させ、まず鳩山氏に傷をつけ、復権がしにくくしました。次に小沢氏に代表選出馬を決断させるために、主戦論を小沢一派に流す。彼らはこれに乗ってしまいました。西南戦争時の薩摩の不平士族のようです。これで機が熟していないのに、小沢氏が出馬せざるを得なくなりました。小沢氏を担いだ人々の中に前原氏らの移行を受けた人々がいたはずです。

そして、菅総理を勝たせる。菅総理は選挙に勝って安泰のようですが、前原氏や仙谷氏ら凌雲会に生殺与奪の権を握られてしまいました。これで2011年3月の予算成立までは菅総理でいき、その後、政権運営の難しさや経済対策の不備などの理由をつけて前原氏か七奉行組の中から総理を出すと言うことになります。ここまでのシナリオはアメリカの了承も得ていると思います。前原氏が新幹線の売り込みに訪米しているのもそうした話をしているのかもしれません。また、ジャパンハンドラーズの有力者であるマイケル・グリーン氏が「菅総理でも政権は厳しい、小沢氏ではもっと厳しい」というような発言をしています。これは、軍事オタクで、ネオコンに考えが近い前原氏が総理になることを示唆しているのではないかと思います。前原氏なら、間違っても海兵隊グアム移転だの、アメリカと交渉だのとアメリカの軍部にとって嫌なことは全く言わないでしょう。また、平気な顔をして辺野古を強制収容するでしょう。

ここまで気が滅入る話を書きましたが、今回、数々の障害を乗り越えて、多くの党員、サポーター、地方議員が小沢氏に投票しました。議員も200名の人が小沢一郎と書きました。これはやはり、小沢氏の掲げたたいまつがこうした人々に受け継がれていったからだと思います。今日、2010年9月14日は日本のデモクラシーの確立が遠のいた日となりました。しかし、いつの日か、近い将来、デモクラシーが確立されることになるでしょう。

小沢氏がたとえ倒れることがあっても彼の掲げたたいまつをともし続けていきましょう。
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by Hfurumura | 2010-09-14 21:34 | 日本政治

鈴木宗男衆議院議員・新党大地代表の上告棄却について

2010年9月8日、鈴木宗男衆議院議員(新党大地)が受託収賄やあっせん収賄についての上告審で、最高裁判所は鈴木議員の上告を棄却するという決定を行いました。これによって鈴木議員は実刑判決が確定することになりました。懲役2年、追徴金1100万円という大変厳しい判決内容です。鈴木議員は異議を申し立てることができますが、最高裁が異議を棄却すれば万事休すとなります。異議が受け入れられる可能性はほとんどありません。

今回の決定は大変残念であり、怒りを覚えます。まず、民主党の代表選の最中に決定がなされたこと、これには作為を感じます。下の2つの記事にあるように、菅直人総理陣営は、この鈴木議員の上告棄却を代表選の選挙戦に利用し、小沢一郎議員を陥れることに利用しようとしています。選挙ですから激しいやり方にもなるでしょう。しかし、北海道の人々を代表して国会議員となっている、公党の代表を道具のように使うなど、やるべきことではありません。

この国の裁判がおかしいところがあります。日本では明治以来、いや大宝律令のころからそうかもしれないが、自白中心主義でありました。つまり、「罪を犯したことは罪を犯した本人が一番知っている。だから容疑者が罪を犯したと認める供述をしたら、それが最高の証拠となる」という考えで犯罪捜査、事情聴取が行われてきました。現在では自白は拷問を伴った事情聴取になるので、物的証拠を優先するようにとなっていますが、自白中心主義は残ったままです。

鈴木議員や鈴木議員の秘書、贈賄を疑われた企業の関係者たちに対して行われた事情聴取は異様なものでした。10時間連続で事情聴取を行ったり、病気を持っている人に対しての配慮が全くなされなかったり、「身柄さえ押えてしまえば、煮て食おうと焼いて食おうとこちらの勝手」という江戸時代でもないような、共産圏の秘密警察が行ったような拷問に近い取り調べが行われました。検察官や警察官は自分たちの正義に関する考えを持っているようです。それは悪いことではありませんが、それに合わないと、暴走してしまうようです。更に起訴した事件の99%が有罪になっているという異常な状況から「逮捕や起訴をしたら、何が何でも有罪までもっていくようにしよう」と無理なことをいろいろと行います。それは彼らが官僚だからです。

三権分立という言葉は中学校や高校の社会の授業で習います。司法、立法、行政はそれぞれ牽制しあって、暴走しないようにする、というものです。しかし、日本では三権分立ではありません。この三権を全て官僚が握っているのです。司法における3種類の職種である、裁判官、検察官、弁護士は全て官僚の支配下にあるのです。裁判官と検察官は法務省に属しています。彼らの昇進や転勤を決めているのは法務省の官僚たちです。彼らの意向に反することを検察官も裁判官も一切できないのです。裁判官で元々出世や都会暮らしなどに興味のない変わり種がいますが、彼らは上級審が行われる高等裁判所、最高裁判所の裁判官になることは一生ありません。また、弁護士たちの監督官庁は法務省です。監督官庁というのは恐ろしい存在です。逆らうことなどできません。

鈴木議員の話から外れましたが、最高裁の鈴木議員の上告棄却は日本の司法の出鱈目さを表していると思います。

次に、鈴木議員の失職は、日本の外交にとって最悪の痛手となるということです。鈴木議員はご存じのように、ロシアと太いパイプを持っています。そしてシベリアの資源外交にとって欠かせない存在です。更に言うと、先日も中央アジア、アフガニスタンを訪問し、現地の武装勢力に拉致されていたフリージャーナリストの常岡氏の救出にも尽力したことも知られるべきです。鈴木氏はこれから大変重要になるであろう、ロシア極東地域、中央アジアの各国に対する外交で力を発揮できる人物でした。これほど重要な人物を自分たちの私利私欲のために犠牲にした官僚たち、並びに民主党現執行部、内閣は日本国民のことなど全く考えていないことは明らかです。

鈴木氏には収監中、不当な取り扱い、虐待がないように願いますし、しっかり注視していきたいと思います。

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

●「【宗男被告収監へ】「政治とカネから卒業しよう」江田前参院議長」

2010年9月8日付 MSN産経ニュース

 民主党の江田五月前参院議長は8日の党代表選の菅直人首相陣営の緊急集会であいさつし、鈴木宗男衆院議員の上告棄却に関連し、「会派を一緒にしていたので私たちにとっては辛いが、やっぱり、政治とカネの問題は過去の問題ではない。もう政治とカネの問題は卒業しなきゃいかん」と強調した。

●「【宗男被告収監へ】仙谷官房長官「政治の信頼を各議員が問うべき」」

2010年9月8日付 MSN産経ニュース

 仙谷由人官房長官は8日の記者会見で、受託収賄罪などに問われた「新党大地」代表、鈴木宗男被告の上告が棄却され、実刑が確定する見通しとなったことについて「国民の政治に対する信頼はどういうものか。自らの胸にそれぞれの議員が問わなければならない」と述べた。

●「鈴木宗男被告の上告棄却 実刑確定へ 近く収監 汚職事件で」

2010年9月8日付 MSN産経ニュース

 林野庁や旧北海道開発庁を舞台にした汚職事件で、受託収賄やあっせん収賄など4つの罪に問われた、「新党大地」代表の衆院議員、鈴木宗男被告(62)の上告審で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は、鈴木被告側の上告を棄却する決定をした。懲役2年、追徴金1100万円の実刑判決とした1、2審判決が確定する。決定は7日付。

 決定が送達されてから3日間は、異議を申し立てることができる。鈴木被告側が異議を申し立てないか、最高裁が異議を棄却することで、確定。確定すれば、国会法と公職選挙法の規定により議員を失職し、収監される。こうした規定で現職国会議員が失職するのはゼネコン汚職事件にからみ、平成15年にあっせん収賄罪で実刑が確定した元建設相、中村喜四郎衆院議員(61)以来。

 裁判を通じて鈴木被告側は一貫して無罪を主張。上告審でも鈴木被告側は受託収賄罪は成立しないなどと主張した。

 しかし、同小法廷は「北海道開発庁長官として、港湾工事の受注について特定業者の便宜を図るように北海道開発局の港湾部長に働きかけた行為は、長官としての職務に密接な関係がある」と指摘、「働きかけを行うように請託を受け、その報酬として金銭の供与を受けた行為が受託収賄罪に当たるとの判断は正当」と結論づけた。

(新聞記事転載貼り付け終わり)
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by Hfurumura | 2010-09-09 15:57 | 日本政治

民主党代表選の議員票の動向

本日、民主党のウェブサイト、ウィキペディア、各新聞などインターネットを使って、自分で民主党代表選に対する、各国会議員の支持候補を調べてみました。

今回の代表選は議員票は議員数×2のポイント数、地方議員票は100ポイント、党員・サポーター票は300ポイント(各小選挙区の総取り)となっています。議員数は衆議院:306名、参議院:105名の計411名ですから、議員票のポイントは822ポイントとなります。

地方議員、党員・サポーター票のポイント400ポイントの行方について考えていきます。まずそれぞれがどのような得票でポイントを獲得するかについて仮定してみたいと思います。

菅総理対小沢氏が70%対30%の場合、280ポイント対120ポイントとなり、差が160ポイントとなります。65%対35%の場合、260ポイント対140ポイントで差が120ポイント、60%対40%の場合、240ポイント対160ポイントで差が80ポイントとなります。これまでが可能性の高い仮定であると考えます。菅総理75%対小沢氏25%だと、300ポイント対100ポイントで、差が200ポイントとなります。また菅総理55%対小沢氏45%だと、220ポイント対180ポイントで差が40ポイントとなります。これら2つの過程は可能性の低い仮定であると考えます。


菅総理:小沢氏 ポイント    差
70%:30%=280対120=160     
65%:35%=260対140=120
60%:40%=240対160=80
==========
75%:25%=300対100=200
55%:45%=220対180=40


次に議員票によるポイントについて考えます。菅総理が45%で小沢氏が55%を獲得する場合、議員数はそれぞれ、185対226となり、数の差は41、ポイントの差は82ポイントとなります。菅総理40%で小沢氏が60%の場合、165対246となり、数の際は81、ポイントの差は162ポイントとなります。議員数の接戦が報じられていますので、有利と言われている小沢氏でも55%から60%くらいの獲得数になると思います。


菅総理:小沢氏  議員数    差  ポイント差 
40%:60%=165:246=81=162
45%:55%=185:226=41=82
43%:57%=175:236=61=122


これらの仮定を考えると、小沢氏が議員票ポイントを60%獲得できたら、地方議員、党員・サポーター票は30%以上獲得で勝利できます。もし小沢氏の議員票ポイントが55%だったら、地方議員、党員・サポーター票は40パーセント以上獲得しておかねばなりません。

次に、私が調べた現時点での議員票の行方について書きます。民主党所属の国会議員は411名います。本日までに新聞やテレビの取材に対して支持を明言している議員たちを記事を一つ一つ確認して調べてみました。

私の調査では、2010年9月7日現在、次のような結果が出ています。菅総理支持:134名(衆議院議員:103名・参議院議員:31名)、小沢氏支持:150名(衆議院議員:116名・参議院議員:34名)、態度不明:127名(衆議院議員:87名・参議院議員:40名)、以上のようになりました。今のところは大接戦です。

小沢氏陣営は、76名から96名の支持議員を獲得しなければ勝利は望めません。間を取って86名獲得できるとすると、236対175となり、差は60、ポイント差は120ポイントとなります。その場合、小沢氏陣営は地方議員、党員・サポーター票ポイントは最低でも35%以上獲得する必要があります。

以上のことから、小沢陣営は議員票ポイント60%を何が何でも獲得しなくてはいけません。しかし、私の調査では現在150名の支持議員から更に96名を増やさねばなりません。これは厳しい数字です。ですから、最低限のラインとしては、236名、現在よりも86名を増やさねばなりません。こうなると、民社協会、横路グループの動向が重要になってきます。

小沢氏が先週から月曜日までテレビやインターネット放送に多く出演したのは地方議員、党員・サポーター票の獲得を狙ったものであることが分かります。そして、その狙いは成功しているように思われます。

小沢氏の生の姿を見て考えが変わったという声が聞かれるようになったからです。しかし、これまで小沢氏に接してきて、彼に対してネガティヴ・キャンペーンを張ってきたマスコミにしたら、ニュース番組という土俵を貸して、小沢氏に横綱相撲を取られてしまって嫌な気分でしょう。

後、1週間今度は議員たちに対する働きかけが強くなっていくでしょう。

↓ツイッタ―でのつぶやきもご覧いただけると幸いです。↓

https://twitter.com/HarryFurumura
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by Hfurumura | 2010-09-07 01:36 | 日本政治

菅直人総理と女房役の仙谷由人官房長官の断末魔なのか?

2010年9月1日に民主党代表選挙が告示され、菅直人総理と小沢一郎前民主党幹事長が立候補しました。その後、二度の共同記者会見(民主党選挙管理委員会主催と日本記者クラブ主催)とそれぞれのテレビ出演が行われました。

二度の記者会見、ならびにテレビ出演を通じて、私は小沢氏が知識、経験、考え方で菅総理を圧倒していたと判断します。このブログ上に二人の政見を読んで、それぞれに感想を掲載しました。お読みいただけると幸いです。

菅総理、小沢氏それぞれが選挙活動を行っています。支持する議員たちの集まりに出たり、演説をしたりというのが活動の内容です。菅総理も自分を支持する議員グループの一つである野田グループ(花斉会)の会合に出ました。そして、挨拶の中で、下に貼り付けた記事にあるような発言をしました。

「西郷隆盛は明治維新の回天には必要だったがその後必要なくなりああいう末路をたどった」という恐ろしい発言です。菅さんの歴史認識の問題ですから、西郷さんの末路云々は置いておきます。まぁ鹿児島出身者は西郷さんが好きな人が多いですから、菅さんの発言を好ましく思うことはありません。菅総理の発言を私が受け取って解釈すると次のようになります。

「政権交代までは小沢氏は必要だったが、それ以降は不要な人物だ。外様だし、使い捨てだ」

私はこのように受け取りました。私はトロイカ体制などという欺瞞に満ちた言葉を小沢氏は否定してきたと書きました。民主党の創設者である鳩山氏、菅氏は自分たちの宿願である総理になることができました。それは小沢一郎という名馬を手に入れたからです。私は民主党は3頭立ての馬車ではなく、2人の(無能な)御者が名馬に引っ張られる形で政権交代までたどり着いたと考えています。そして、菅総理の発言はいみじくも私の考えを補強してくれるものだと思います。

西南戦争は鹿児島にとっては悲劇であり、西郷さんをああいう形で死に追いやったことについて鹿児島の人間の多くが悲しみを持っています。それを軽々しく喩え話に使って、それも良く意味が分からなくてあとで出席者が解説するというのは政治家としての能力に欠けるのではないかと思います。

次に、仙石由人官房長官が重大な発言を行いました。仙谷氏は、「小沢内閣が成立したという仮定の話で、検察審査会の議決により強制起訴された場合に衆議院で民主党が賛成して内閣不信任決議案に賛成する可能性がある」という趣旨の発言を行いました。これは朝日新聞が故宮沢俊義東大教授の論文の一節を引用して、「衆議院は憲法75条の規定があるが、内閣不信任案を可決できる」と書いていることに対して質問され、仙谷氏が答えたものです。

ここでまず、衆議院の議決と検察による国務大臣の起訴についてどちらが優先されるのかという問題は法律学者たちの解釈に任せたいと思います。しかし、まず与党の議員が自党の代表である総理大臣が組織した内閣不信任案に賛成をする、ということは異常事態です。今まで、大平内閣、宮沢内閣(共に派閥は宏池会)でそれぞれ内閣不信任案が可決し、両内閣とも衆議院を解散しました。そして、1993年の宮沢内閣不信任案の可決の時は、小沢氏・羽田氏率いるグループが自民党を離党しました。自民党は下野し、55年体制が崩壊しました。

今回の仙谷官房長官の発言は大変重要です。まず小沢政権が成立した場合、野党が衆議院に提出する内閣不信任案に賛成する可能性があるということです。これは反党行為であり、もしこのような行動に出た場合、賛成した議員たちは民主党から離党しなくてはいけません。今回の代表選では小沢氏が負けたら民主党から離党する可能性があるというマスコミの悪意にあふれた報道がなされていますが、実態は全く逆で、菅総理が敗北した場合、自分たちは内閣不信任案に賛成するという最後っ屁をして離党すると総理の女房役が明言したのです。これは大変重要です。

そして、この仙谷官房長官の発言は、現在の民主党代表選挙に対して大きな影響を与えます。彼はつまりこういうことを言っているのです。

「小沢が勝ったら、不信任案決議をして党を割ってやる。そうしたら解散総選挙になる。それでも良いのか」

なんということでしょう。自分たちが勝つために仁義もなく、恐ろしいことを口走っているのです。これは脅しです。恫喝です。古来、内戦というのは激しいものとなりがちです。しかし、最後は同じ国民だ、民族だということで許し合うものです。しかし、仙谷氏の発言は殲滅戦を宣言しているものであり、内戦に核兵器を使おうと言っているようなものです。

小沢氏に破壊者、壊し屋、恐ろしいイメージを持たせようとマスコミは躍起になっていますが、実際は菅総理陣営の方が恐ろしいことを言っているのです。これは追い詰められての断末魔なのかと思いますが、断末魔というには早すぎます。選挙戦は後10日近く残っています。

二人の実態を見て、菅総理をまだ支持しようとする人々にはもう申し上げる言葉もありません。


(新聞記事転載貼り付けはじめ)


●「「小沢内閣」不信任に言及=訴追後も在職の場合-仙谷長官」

2010年9月3日付 時事ドットコム

 仙谷由人官房長官は3日午後の記者会見で、民主党の小沢一郎前幹事長が首相に就任し、検察審査会の議決により強制起訴された場合、小沢氏が無罪を主張して首相の職にとどまっても、衆院で過半数を占める民主党などの賛成で内閣不信任決議案が可決される可能性に言及した。

 仙谷氏は弁護士出身。民主党代表選では菅直人首相を支持している。仮定のケースについて法律の専門家の立場から発言したとみられる。
 
 小沢氏は3日、起訴された場合の対応について「堂々と受けて潔白を主張したい」と、訴追に同意する考えを表明した。これに関し、「法廷闘争と首相の職務は両立できるか」との質問に対し、仙谷氏は、朝日新聞の記事に引用された憲法学者の論文が「衆院はいつでも不信任決議によって内閣を倒すことができる」と指摘していることに触れ、「そこに記載されていることに尽きる」と強調した。不信任案が可決されれば、首相は衆院を解散するか、内閣総辞職しなければならない。

 論文は、故宮沢俊義東大教授の著書「全訂 日本国憲法」の一節。それによると、国務大臣は在任中、首相の同意がなければ訴追されないとした憲法75条に関し、衆院は内閣不信任の権限を持っていることを理由に「大きな弊害も考えられない」としている。 (2010/09/03-19:26)


●「「維新後、西郷さんの末路は…」首相、小沢氏を念頭?」

2010年9月2日付 朝日新聞電子版

 菅直人首相は1日、代表選で自らを支援するグループの会合で「明治維新には西郷隆盛の力が必要だったけれども、明治維新以降、西郷さんはああいう末路を迎えた。これが大事だ」とあいさつした。出席者の中には、代表選を西南戦争に、小沢一郎氏を西郷にそれぞれなぞらえたとの受け止めもあり、小沢陣営からの反発を招きそうだ。

 小沢氏について首相は、かねて政権交代への貢献を評価する発言を繰り返している。一方、西郷は明治新政府への不満を持つ士族に担がれ、政府を相手に起こした西南戦争で敗れて自ら命を絶った。

 会合に出席した議員の一人は「首相は、民主党から小沢さんの政治的影響力がなくなって、新しい政党文化が生まれると言いたかったのだろう」と解説した。

(新聞記事転載貼り付け終わり)
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by Hfurumura | 2010-09-04 00:04 | 日本政治

派閥の地盤沈下は名門をも飲み込む

民主党代表選にすっかり話題をさらわれてしまいましたが、自民党内でも大きな動きがありました。先日、山崎拓氏がオーナーを務める(お金や場所を提供すること)、山崎派が解散を検討しているという報道がありました。小選挙区導入と官邸の機能強化によって自民党の派閥はすっかり力を失いました。野党暮らしもそれに拍車をかけているようです。

本日、町村派の重鎮(元派閥会長)である森喜朗元首相が派閥に退会届を出す騒ぎが起きました。森氏と言えば、三塚博氏の跡をついで派閥の会長となり、自民党幹事長や通産大臣を務め、小渕元首相が病気で倒れた後、首相になりました。決して人気が高かったわけでもなく、また発言が奔放であったため、最後はジリ貧でした。しかし、首相退任後は、自派出身の小泉純一郎元首相を支え、派閥を隆盛させました。古いタイプの自民党の大物政治家です。残念なことに息子の森祐喜・前石川県議が飲酒運転で逮捕されるという事件もありました。最近は影響力が落ちていると言われていました。

今回の騒動の原因は、2010年8月に行われた自民との参議院議員会長を決める選挙です。これまで参議院議員会長は投票ではなく話し合いで決められていました。町村派に属する谷川秀善参議院議員が会長の有力候補でした。森氏としては早大の先輩である谷川氏を少しでも良いポストにつけたいと考えていました。自民党が過半数を持っているなら、参議院議長が最高のポストですがそれは望めないので、参議院議員会長は現在の最高のポストです。

しかし、参議院の若手議員を中心にこれまでのような人事決定に反対する動きが出てきて、選挙ということになりました。谷川氏の対抗馬は中曽根弘文元外相です。そして、中曽根氏の擁立に町村派に属する世耕弘成元首相補佐官ら5人が中曽根弘文前外相の推薦人になりました。それだけでなく、安倍晋三元首相も中曽根氏支持に動きました。森氏としては我慢の限界を超えた勝手な動きに見えたことでしょう。それは当然です。派閥の結束を一番に動く古いタイプの政治家から見れば、若手の動きは背信行為であり、そうした動きを許したら派閥は瓦解してしまいます。

そして、選挙の結果は、得票数が同数となり、くじ引きで中曽根氏が参議院議員会長になりました。森氏にしたら怒り心頭に達したことでしょう。森氏は自分の影響力が小さくなり、安倍晋三氏の力が強くなっていることに愕然としていることでしょう。また、もはや派閥という組織は時代に合わないということに改めて気づかされたのではないかと思います。

町村派の正式名称は清和会であり、福田赳夫元首相以来の名門派閥です。その源流をたどれば、佐藤栄作、吉田茂にまで行き着くということで保守本流意識の高い派閥です。そして、「角福戦争」以来、田中派―竹下派―小渕派―橋本派に対する恨みのような、田中角栄憎し・許すまじの感情を持ち続けてきた派閥です。清和会の敵対する相手は田中派でありました。

しかし、そもそも派閥の力が減退したのは森派の一議員で幹部クラスでもなかったような小泉首相の登場が原因です。また、自民党の減退を促進したのも森、小泉、安倍、福田と町村派(清和会)出身の自民党総裁・総理大臣たちでした。そして、何より、清和会が行った、田中派の流れである橋本派潰しによって全体として自民党の勢いは衰えていったと言えます。

清和会が事務所を置いていた赤坂プリンスホテルも閉館します。どうして赤プリに派閥の事務所があったかというと、清和会に創業者である堤康次郎が政治家時代に籍を置いていたからです。しかし、時代は移っていきます。

森氏の政界引退も近いかもしれない、と私は考えています。

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

●「森元首相、町村派に退会届 「もう面倒を見られない」」

2010年9月2日付 朝日新聞電子版

 自民党町村派相談役の森喜朗元首相が2日の幹部会で「もう面倒を見られない」と退会届を提出した。8月の党参院議員会長選で同派の対応が割れ、所属する谷川秀善氏が落選したことに対する不満を爆発させた。

 出席者によると、森氏は会長選で、谷川氏支持で協力した額賀派と古賀派に「顔向けができない」と発言。「小泉政権以来、どれだけ派閥運営に苦労したと思ってるんだ」と怒り、退会届を机に置いて途中退席した。町村信孝会長が退会届を持って後を追いかけたが戻らなかった。幹部らは慰留を続けるという。

 会長選で森氏は「派閥を壊しちゃいかん」と若手議員にまで谷川氏支援を要請。だが、「談合」と批判する同派の中堅・若手が中曽根弘文氏支持に動き、町村派の安倍晋三元首相も理解を示した。

 中曽根氏が当選し、党内には「森さんの時代は終わった」との声も。同派中堅は森氏の動きについて「求心力を高めようとよくやる手だ」と冷めた見方を示した。

●「自民町村派:参院会長選の処分うやむや 森氏が退会届」

2010年9月2日付 毎日新聞電子版

 自民党町村派は2日、東京都内で幹部会を開き、同派の谷川秀善前参院幹事長が敗れた8月の参院議員会長選挙について「造反」議員の処分を協議した。しかし、同派会長の町村信孝元官房長官が10月に衆院補選を控えていることもあって、結論はうやむやに。業を煮やした森喜朗元首相は派閥の退会届を提出して退席した。与党時代に権勢を誇った最大派閥も求心力の衰えは隠しようがない。

 参院会長選では、町村派から世耕弘成元首相補佐官ら5人が中曽根弘文前外相の推薦人に名を連ねた。さらに数人が中曽根氏に投票したとみられ、40票ずつの同数でくじ引きの末、谷川氏は落選した。ある幹部は「安倍晋三元首相が世耕氏らを通じ中曽根氏を支援した」と憤り、派内に疑心暗鬼が広がっていた。

 幹部会出席者によると、陳謝した鈴木政二参院議運委員長に対し、森氏は「反省しているなら委員長を辞めるべきだ」と苦言。「おれが小泉、安倍、福田(政権)と陰でどれだけ苦労したと思っているんだ。もう面倒をみられない」と退会届を突きつけたという。

 この間、安倍氏はほとんど発言しなかったが、会長選を巡る動きには「再起を狙っている」との見方がある半面、「自民党凋落(ちょうらく)のきっかけを作った張本人なのに」とあきれる声も少なくない。

 森氏の退会届は町村氏が預かり、慰留している。町村派幹部は「犯人探しをすれば派閥が崩壊する。ほとぼりが冷めるのを待つしかない」とあきらめ顔。かつて同派に所属した山本一太参院政審会長は「処分は時代遅れでナンセンス」と酷評した。党内には「民主党代表選がメディアジャックしているときに、自民党はこんなニュースしかないとは」と嘆く声も出ている。【野原大輔、岡崎大輔】

(新聞記事転載貼り付け終わり)
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by Hfurumura | 2010-09-03 01:40 | 日本政治

菅直人総理の政見について(突っ込みすぎてすいません)

菅直人総理の政見は、「元気な日本の復活を目指して(民主党代表選挙立候補政権)」というタイトルがつけられています。

最初に書かれていることは、「現下の円高・株安など経済情勢が厳しい中で代表選に立候補することになりました。私は、総理大臣として国政の空白を絶対に作らない、という覚悟で臨みます」です。菅総理は自分の決意をこの様に述べています。

◆大変素晴らしい決意ですが、内閣総理大臣である以上、仕事をしっかりしていただくことは当然です。そのために国民は昨年の総選挙で民主党に投票したのです。「代表選があるけど僕、頑張ります」というのはいうべきではなかったと思います。

次に「立候補の決意」が書かれています。菅総理は、「従来の「役所のための行政」を駆逐する「国民のため政治」が必要です。今こそ「政治の力」が求められています。我々民主党は、昨年の歴史的政権交代で新たな時代の扉を開きました。いよいよ、国民が本当の意味で主体的に参加する民主主義、クリーンで開かれた政治を掲げて歩んでいく時が到来しました」と述べています。

◆大変素晴らしい内容です。「国民のための政治」を行うという堂々とした宣言文です。そして、国民のための政治とは、「本当の意味で主体的に参加する民主主義」で「クリーンで開かれた政治」であると述べています。「本当の意味での」という言葉は菅総理のお得意のフレーズです。ですから、菅総理の発言をヴィヴィッドに伝えるために入れたと思います。しかし、ここで、国民の生活を良くする、守るという決意は見えません。理念は素晴らしいのですが、現在、厳しい経済に対処している現職総理が、理念ばかりを述べるのは浮世離れしていると言わざるを得ません。

続いて、「「雇用創造」と「不安解消」で元気な日本復活を目指す」というセクションになります。菅総理は「元気な日本の復活」のために、①「「雇用」を起点とした国づくり」と②「「最小不幸社会」」の実現を挙げています。「雇用が広がれば、所得が増え、消費を刺激し、経済が活性化します」と書いています。また「最小不幸社会」では不安を取り除き、全ての国民が安心して暮らせて、誰も排除されない社会を実現すると書かれています。

◆まず、経済が拡大して雇用は生み出されるものであり、雇用を創出するためには景気刺激策を行うべきではないかと思います。最小不幸社会については理念としてとても素晴らしいものであると思います。小沢氏の挙げた「新しい公共」に近い考え方ではないか思います。

次に「「熟議」の民主主義で難局を打開する~「政局」より「政策」で臨む」というセクションがあります。「これ(引用者註:国の進むべき道を選ぶこと)を成し遂げる鍵は、民主党の中で、政党の間で、国民の意見を広く集めて議論を尽くす「熟議」の民主主義だと考えます」とし、「この努力を重ねれば、国会の「ねじれ」を乗り越え、国民の支持を得た合意形成が可能だと信じます」と書かれています。熟議の民主主義によって、社会保障費や消費税について徹底した議論をし国民の理解と納得を得るととしています。

◆「熟議」という言葉は聞いたことがない言葉です。おそらく、英語では、deliberative/discursive democracyというと思います。熟議というのは多くの人々が討論をし尽くすという意味ではないかと思いますが、民主主義はそもそも討論をしつくすことが前提ですし、国民から負託を受けた政治家たちが議論をしつくすことが代議制民主政治体制の基本です。国民全員から意見を聞くことは無理な話ですから、ここでも理念は素晴らしいが、できないことは書かない方が良いのではないかと思います。

続いて、具体的な政策等を書いたセクションに移ります。「1.クリーンでオープンな民主党の原点へ」というセクションになります。ここでは3つのポイントを挙げています。(1)適材適所による全員参加で「挙党態勢」の民主党へ(全員が適材適所で活躍できる党運営の舞台=政策調査会)、(2)足腰の強い地方組織に向けた支援(党本部に事務局に地方組織強化・選挙支援チームを新設、党の資金は各地域の声を正面で受け止め、透明なプロセスを経て配分)、(3)クリーンな政治に向けた改革(企業、団体献金の禁止、衆議院80議席、参議院40議席の削減)です。

◆まず、菅総理自ら「次の総理大臣を選ぶ選挙だ」と発言しておきながら、最初に民主党内のことを小沢氏にあてこすりをする内容のものを持ってくるのはおかしいと思います。最初に経済政策、社会保障政策が来るのが当然です。そして、その内容も失望するばかりです。①適材適所を強調しますが、そんなことは言われなくても当然です。そして適材適所の象徴が政調。政調は族議員の温床になるし、官僚と結びついて非公式な権力の行使の舞台となります。それよりは政治家たちを官庁のすみずみまで、局長クラスに任命することこそが政治主導であると思います。②地方組織の強化はもちろん重要ですが、ここでどうしてお金の配分の話になるのでしょう。これこそ小沢氏に対するネガティヴキャンペーンです。枝野幹事長は小沢代表下の資金配分は適正だったと語っていますし、幹事長時代のことなら鳩山氏はじめ党執行部全員の責任です。③議員定数の削減を述べていますが、これこそ菅氏が官僚に取り込まれている証拠です。政治家は官僚たちが悪事を働かないように監視することも仕事です。官僚たちは政治家の数が減って目が行き届かなくなることを望んでいます。その政治家の数を減らそうというのは間違いです。私は、議員の数は増やすべきだと考えます。

次に「2.「雇用創造」と「不安解消」を最優先に政策実現を本格稼働」というセクションに移ります。ここで具体的な政策を挙げています。(1)「雇用」を起点に改革を推進(新成長戦略を実行。「経済成長改革」、「財政健全化改革」、「社会保障改革」を行い、「好循環のサイクル」を回転させる。税制の抜本改革の実施に当たっては国民に信を問う。社会保障。納税者番号制度の導入に結論)、(2)一人ひとりの悩みに向き合って不安を解消する(介護制度改革。新型サービス3本柱。女性がん対策、子どもたちへのサービスの充実)、(3)地域主権の設計図を国民参加で描く(地域主権、国の出先機関の統廃合、住民同士の支え合いのネットワークづくりを「新しい公共推進会議」で応援。郵政改革法案については早期成立)、(4)2009マニフェストの実現に誠実に取り組む(子ども子育て支援、高校の実質無償化、年金制度改革、農家の個別補償制度を実施。財源の制約などで実現が困難な場合は国民に率直に説明し理解を求める)、(5)行財政の無駄削減は最優先で断行(業氏の無駄削減は財政健全化の大前提。行政刷新会議の活動を強化。公務員制度改革)、(6)「平和創造国家」を標榜する外交(現実主義外交。日米関係の深化。東アジア共同体構想の推進。普天間基地移設問題については沖縄の負担を軽減)

◆ここでも突っ込みどころがいっぱいあります。まず、地域主権を謳っている部分に唐突に郵政法案の早期成立を入れてあります。地域主権と郵政法案にどのような関係があるかを説明しなければ、取ってつけたように、忘れていたから後からつけ足したという感じを受けてしまいます。2009マニフェストの誠実な実行が菅政権では既に期待できないことは国民が良く知っているところです。それなら国民に説明をすべきですが、その説明も十分になされていない。現在の景気後退の状況の中で、財政出動が何よりも求められているにもかかわらず、「雇用を創出」というキーワードを押すだけ押して、結局言っていることは、財政健全化という矛盾する内容です。財政出動したら健全財政は望めません。財政出動と財政健全化のどちらが大切なのか、どちらが国民の生活のためになるのか、菅総理ははぐらかさずに明確に述べるべきです。そして、「消費税は上げなくてはいけないんだ」という財務省の考えが自分の信念でもあるならそれをはっきりと書くべきだと思います。

最後に「3.行政の縦割りを打破する官邸主導・政治主導の貫徹」というセクションになります。「以上の取組を、官邸主導・政治主導で進めます」とし、「官邸主導・政治主導を徹底するため、予算は総理大臣が直接指揮して編成します。国家戦略室は、局への格上げを念頭に、従来の垣根に囚われない自由な発想で政策を構想する組織に強化します」と述べています。

◆国家戦略室の局への格上げは今年になり、仙谷由人官房長官の提案で取りやめになっています。それなのにまだ格上げに言及するのは国民を騙しているのではないかと思います。格上げするならそれに反対する仙谷氏を罷免すべきではないかとも思います。また、「官邸主導」という言葉が出てきていますが、これは大変危険な言葉です。橋本龍太郎首相時代に官邸の機能は強化されました。その恩恵を最も受けたのは小泉純一郎首相でした。小泉首相時代に滅茶苦茶な政治が行われました。政治主導と官邸主導は違うのです。日本の首相は国会の指名によって任命されるのですから、国会に対してきちんと責任を取るようにすべきです。

菅直人総理の政見は素晴らしいことが書かれている部分もありますが、まず、読ませ方が下手だということが言えます。もっと短く、簡潔に、箇条書きで書けるところは箇条書きで書けばもっと読みやすかったと思います。菅総理は、発言の中で、「まさに」、「ある意味」、「本当の意味で」など無駄な言葉を入れて話すために論旨がぼやけてしまうことが多くあります。今回の政見も発言同様、無駄な言葉があって分かりにくくなったのではないかと思います。

もっとはっきり言うと、菅総理の政見には官僚たち、特に財務官僚たちの主張がかなり入っていると思われます。仙谷氏と財務官僚で適当にでっちあげた文章ではないかと失礼ながら考えてしまうほど、私にとっては批判ポイントが多い文章でした。

菅総理はもう菅直人らしさを失っているのですから潔く退陣したらと考えます。総理大臣になり、これ以上の地位はないのですから。政治家としての晩節を汚すべきではないと私は考えます。
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by Hfurumura | 2010-09-02 13:14 | 日本政治

菅総理、小沢氏の政見を読んでの感想(小沢氏編)

本日、民主党代表選挙が告示され、菅直人総理大臣と小沢一郎前民主党幹事長が立候補しました。午後4時からは、民主党選挙管理委員会の主催による菅氏、小沢氏両名による共同記者会見が行われました。その様子はNHKのテレビで放映されました。

記者会見の様子はこれからニュース番組でも流されるでしょうし、ネットではそのまま録画されたものが見らエルのではないかと思います。記者会見の様子を見た限りでは、小沢氏の優勢勝ちという感じを私は受けました。菅氏は小沢氏攻撃に汲々としていましたが、小沢氏は堂々と哲学と実際の政策を織り交ぜた話をしていました。

菅氏、小沢氏は立候補する際に推薦人名簿と政見を、選挙管理委員会にそれぞれ提出しました。それらは民主党のウェブサイトに公開されています。アドレスは以下の通りです(http://www.dpj.or.jp/news/?num=18809)。

今日は小沢氏の政見を読んで、その概要をまとめ、感想を述べます。明日は菅総理の政見の概要と感想を掲載します。

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小沢氏の政見は、「「国民の生活が第一。」の政権政策」というタイトルがつけられています。

第一部は、「基本方針」です。

ここでは、「昨年の総選挙のマニフェストと政権交代の原点に立ち返り、総選挙マニフェストを誠実に実行することに全力を挙げる」と書かれています。小沢氏の基本姿勢は国民と約束したマニフェストの実行であることが分かります。そして、マニフェストを実行することで「全ての国民が安心して安定した生活を送り、日々の暮らしに夢と希望を取り戻すことができるようにする」と書かれています。

◆この基本方針では、小沢氏が民主党代表選に勝利し、総理大臣になった際に政策を行う上で基礎となる考え方を述べています。それは、「国民の生活」を安定させるために、昨年約束した「マニフェスト」を誠実に実行する、というものです。ですから、小沢氏が何をするのかということは基本的に昨年の総選挙で民主党が示したマニフェストを見れば分かるということになります。

第二部では、「日本経済の再生」について5つの方策を述べています。

「①緊急経済対策用予備費2兆円の執行(住宅ローン供給の円滑化、エコポイントの延長、学校・病院の耐震化)、②急激な円高には市場介入を行う、③国の「ヒモ付き補助金」を地方への一括交付金とする、④高速道路の建設は都道府県が行う(国が建設費を支援する)、⑤上記の施策を行うことで地方の雇用創出、地方経済の活性化を行う」

ということです。

◆今行っている景気刺激策に加え、公共事業を行うことで更なる景気刺激を行うことになります。ここで大事なことは、地方に対するお金は地方で使い道を決めてもらうということで、地方分権を進めるという点が重要です。国が「定食」のように使い方の中身を決めてしまうと無駄な支出が出てきてしまう、現場のことは現場、という小沢氏の考え方が良く表れています。小沢氏は民主党の幹事長時代、地方行脚をしていましたがそれはこうした現場主義を大切にしていたからです。

第3部は「国民生活の再生」について述べています。

「①年金制度の一元化により最低年金(7万円)と報酬比例年金の2階建てにし、国民健康保険、介護保険、生活保護は社会保障費としてまとめて地方に交付、②地域の中核的な病院と病院・診療所の間のネットワークを構築、③子ども手当は来年2万円に引き上げ、再来年から2万6千円を支給」

ということです。

◆年金制度について具体的に踏み込んでいる点、社会保障費の地方交付を行う点は評価できると思います。社会保障費はこれからも増大していく分野です。ここに巨大な官僚組織が巣食い、お金の采配を振るうことになったら統制国家です。ですから、この部分でも地方分権を推進せねばなりません。また、子ども手当についてもマニフェスト通り、2万6千円にすることを謳っています。

第4部は、「地域経済・社会の再生」です。

「①「ヒモ付き補助金」の一括交付金化による地方分権(地方主権)の実現、②中核都市(起訴自治体)を中心に医療・介護・福祉のネットワークを整備、③中小企業への積極的な支援、④農家の個別補償の充実、⑤農林漁業の再生と中核都市の整備によって都市と自然の共生という形で均衡のとれた地域再生を実現」

ということです。

◆この部分を読みながら、小沢氏の地方再生の姿勢は、田中角栄氏の『日本列島改造計画』の骨子によく似ているなぁと思いました。地方に中核都市を置き、その周辺をネットワークで結び、また中核都市を結ぶというのは田中氏のアイディアによく似ています。田中氏は各地に20万人規模の都市を置き、産業を誘致・育成して国土の均衡発展を行おうと主張しました。現在でも日本は東京一極集中であり、不均衡は是正されていません。農家に対する個別保障制度
にも言及し、小沢氏は日本経済をまず地方から刺激しようという政策をとるものと思われます。

第5部は、「行政及び政治の改革」です。

「①国家公務員の天下りは全面禁止、②公務員制度改革・国家公務員の定数を削減し、地方公務員への移転を進める、③国の地方支分部局は廃止、④独立行政法人、特殊法人、特別会計は必要分を除き、廃止あるいは民営化、⑤政府・与党の一体化を進めて内閣機能を強化し、国民主導の政治を実行、⑥国会も国民主導の仕組みに改める(例:官僚答弁の禁止等)」

ということです。

◆ここは小沢氏の真骨頂であると思います。日本はこれまで官僚が権力をふるう国家でした。そして、現在もそれは変わっていません。菅総理は「官総理」と揶揄されるほど、財務省をはじめ官僚に籠絡されています。小沢氏はここで、「政治家が責任をもって決断する」態勢に変更しようと言っています。そして、官僚たちが権力を握り、邪魔をされないことをいいことにやりたい放題だったものを一掃しようとしています。これまでのやり方が良い、官僚に逆らうなんてとんでもない、既得権益があるという人たちは、ここの部分に一番反応し、怒り狂うはずです。

第6部は、「責任ある外交の確立」です。

「①日米同盟は最も重要な2国間関係であり、一層緊密な協力関係を構築。同盟関係は従属関係ではなく、対等のパートナーであるので、米国と共に今まで以上に役割及び責任を分担する、②日韓、日中関係は日米関係に次ぐ重要な2国間関係であり、さらに協力関係を深める、③日中韓3カ国の協力関係を前提として、環太平洋諸国も含む東アジア共同体構想を推進、④国連を中心とする平和活動に積極的に参加する、⑤米軍普天間基地移設問題は、沖縄県民と米国政府がともに理解し、納得し得る解決策を目指して、沖縄県、米政府と改めて話し合う」

ということです。

◆ここでも重要なことがいくつか書かれています。日米関係について、重要であるが決して従属はしない、とはっきり述べています。今の日米関係は日本が属国としてアメリカ帝国に仕えるという構図になっています。小沢氏はそこからの脱却を訴えています。また、東アジア共同体構想についても、環太平洋諸国も含めると言っているのですから、これはアメリカの参加も拒まないということです。小沢氏は排除の論理を外交には持ち込まないということが分かります。普天間基地については、沖縄県民と米国政府が両方とも納得できるプランというのは難しいと思われます。しかし、アメリカ側の本当の意図や妥協できる条件をきちんと掴めば、それによって状況を打開できるのではないかと思います。日米交渉にも携わり、アメリカに人脈を持つ小沢氏なら普天間基地移設問題の状況を打開するのは可能ではないかと思います。

第7部は、「新しい公共」です。

「これまでの公共は「官」という意識が強く、中央政府に権限や財源が集中した。その結果、社会や地域のつながりが薄れ、
孤立しがちな社会となった。「新しい公共」は、人と地域の絆を作り直し、支え合いと活気がある社会を作るための自発的な
共同作業の場である。ボランティアや社会貢献活動を政府が積極的に支援する」

ということです。

◆小沢氏と新しい公共というのはあまりつながりがないように感じます。恐らくこれは鳩山氏の考えを取り入れたものではないかと推察されます。新しい公共とは、多くの人々がボランティアや社会貢献活動に参加していくということです。これは、ロバート・パットナムの社会関係資本(Social Capital)という考え方が反映していると思います。社会関係資本とは、簡単に言うと、人々が地域活動(草野球チームでもママさんバレーでも書道教室でもウォーキングの会でも)に参加することです。こうした社会資本が充実していると、デモクラシーもうまく機能します。小沢氏はデモクラシーの深化を重要視する立場から、新しい公共も政策に取り入れたと考えられます。

全体として、小沢氏の基本姿勢である「国民の生活が第一」、「政治主導・国民主導」、「地方分権」から生み出された政策であることが分かります。国民の生活が第一というのは、景気刺激を行い、特に疲弊している地方で雇用を創出し、地域経済を活性化する政策を主張しています。菅総理は「雇用が良くなれば経済が良くなる」という発言をしていますが、これは逆です。景気を刺激して、それから雇用が生み出されるのですから、景気刺激策を行うことは重要です。そして、このような財政出動、景気刺激策がデフレ対策になります。デフレ対策というと日銀をいじめることだと思っている人々もいるようですが、日銀による金融政策をいくらやっても景気は良くなりませんし、デフレ状態からの脱却もおぼつきません。

地方分権ですが、官僚が持っている権限や予算を地方公務員(彼らは粋がって地方官僚などと自称しているそうです)に移行したのでは意味がありません。使い道を決めるのは選挙によって選ばれた地方議会の議員たちであり、首長たちでなければなりません。地方分権が進むことで日本のデモクラシーはより良いものになって行きます。

小沢一郎という政治家はデモクラシーの確立(democratic consolidation)を求める希代の政治家であるということが政見からも分かります。
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by Hfurumura | 2010-09-02 00:23 | 日本政治