翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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『ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方』をご紹介します

ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方

カンナ,P. /



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今回は今年の6月に出版した『ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方』をご紹介します。

【目次】

第1章 巨大化する外交
第2章 これまでにないタイプの「外交官」の登場
第3章 条件つきのコンセンサス
第4章 戦争なき平和
第5章 新しい植民地主義-古い植民地主義よりもよいもの
第6章 テロリスト、海賊、核兵器
第7章 人権がきちんと守られる世界
第8章 必要な手段を採る
第9章 貧困根絶を目指す
第10章 私たちの地球、私たちの選択
第11章 新しい時代のルネサンス

【著者情報】

カンナ,パラグ(Khanna,Parag)

 1977年インド生まれ。ニューアメリカ財団上級研究員。ブルッキングス研究所研究員も兼任。米国特殊作戦部隊のアドバイザーも務める。外交問題評議会(CFR)会員。世界経済フォーラム「若き世界のリーダー」の一人に選出。ジョージタウン大学外交学部にて学士号、修士号取得。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)にて博士号を取得。『ニューヨーク・タイムズ』『フィナンシャル・タイムズ』紙他多数の新聞に寄稿するほか、CNN、BBCなど世界中のテレビにもしばしば出演。
http://www.paragkhanna.com/

==========================

 本日は、私が翻訳をしました、パラグ・カンナ著『ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方』(古村治彦訳、講談社、2011年)を読者の皆様にご紹介いたします。

 原題は、How to Run the World: Charting a Course to the Next renaissanceです。著者のパラグ・カンナは、1977年生まれの34歳。本作はカンナ氏の第二作となります。彼のデビュー作『「三つの帝国」の時代 アメリカ・EU・中国のどこが世界を制覇するか』(玉置悟訳、講談社、2009年)は、副島隆彦先生が帯に推薦文を書かれている本で、皆さまの中にもお読みなった方が多くいらっしゃると思います。

 原著は2011年1月に発売になり、その少し前から翻訳作業はスタートしました。途中、東日本大震災が発生し、予定が少し狂ってしまいました。このように本が刊行できたことは訳者として大変な喜びです。また、カンナは大震災発生後、日本の読者の皆様のために丁寧な前書きを書いて送ってくれました。「日本は必ず復活できる」「日本は世界で最初にその一日を迎える国だ。日本は常に世界が経験したことのない不幸な出来事に直面してきたがそれらを乗り越えてきた」という前書きの内容は、読者の皆様に対する激励になっています。

 カンナの第二作の『ネクスト・ルネサンス』について簡単にご紹介したいと思います。

 本書の中で、カンナ氏は、21世紀に入った現在が1000年前の中世時代によく似ていると主張しています。特に、アメリカの力(パワー)が衰退し、世界を支配する超大国がない状況、並びに国民国家の力が落ちてきている状況に置いて、様々なアクターが世界統治のために能力を発揮し、活躍していると主張しています。そのアクターは多岐にわたり、トヨタやGEのような多国籍企業、NGO(非政府組織)、大学、教会、各都市、ハリウッド俳優やロックシンガーのような有名人たちが挙げられます。簡単に言うと、これまでアメリカが支配してきた国家を中心にして動いてきた世界が崩壊し、個人や団体が世界規模で能力を発揮し、世界を動かしているということになります。

 カンナは、現代世界を動かすのは「外交(diplomacy)」だと主張します。そして、これからの外交は、これまでの外交官たちが独占してきた古い外交ではなく、新しい外交が行われるべきだと主張しています。それが「メガ・ディプロマシー(Mega Diplomacy、巨大化する外交)」という考え方です。これは、これまで外交の世界に関与できなかった多くのアクターたちが分業して外交に参加し、世界を動
かしていくというものです。有名人が世界規模の諸問題を世界中に提起する、あるいは、NGOや多国籍企業が問題解決のために動くというものです。

 現在、アイフォンやアイパッドを使えば世界中どこにいても人々とつながり、コミュニケーションがとれる時代となりました。こうした技術の進歩によって、外交は、多くのアクターたちに「開放され」ました。カンナは一般の私たちも外交官のような働きができると主張しています。中東での民主化の動きやウィキリークスなどはこうした時代の象徴と言えるでしょう。

 カンナは、「テロリズム」「人権」「貧困対策」「環境保護」といった多くの国際問題に対処するために公的機関と民間部門の協働の重要性も主張しています。これがメガ・ディプロマシーの考え方なのですが、外交に、これまで外交に参加できなかったアクターたちが参加することで、世界が直面する諸問題を解決しようということなのです。こうした公的機関と民間部門の協働は、外交だけではなく、様々な場面で必要となってきています。今回の東日本大震災では、公的機関、具体的には政府や地方自治体だけでは災害後の救援や復興に限界があること、民間の力、多くの団体や個人の参加が必要であることが明らかになりました。「政府が何でもやってくれる」「民間が出る幕ではない」という、これまで日本でよく聞かれた考えは時代遅れのものとなりました。これは世界的傾向でもあります。

 そのことをカンナは本書『ネクスト・ルネサンス』で書いています。

 本書『ネクスト・ルネサンス』の中で、重要なカンナの主張に「国境線を引き直す」というものがあります。世界の多くの国々は植民地から独立しました。その際、旧宗主国によって恣意的に引かれた境界線を国境線としました。この国境線が中東、アフリカ、中央・南アジアの各地域の紛争の原因となり、これらの地域に存在する国々を苦しめているのが現状です。

 これに対して、カンナは国境線を引き直す、もしくは国内の不安定要因になっている少数民族は独立させるべきだと主張しています。スーダン南部のキリスト教徒、トルコ、イラク、イランに住んでいるクルド人、アフガニスタンとパキスタンの国境地域に住んでいるパシュトン人といった人々は国家を持つべきだと主張しています。カンナは常々、世界は300の国々に分かれれば平和になると主張しています。また、「国境線などよりも、鉄道と石油や天然ガスのパイプラインで国々をつなぐことが重要だ」とも主張しています。

 副島隆彦先生が出された中国に関する本の中で、高速道路や鉄道、石油のパイプラインを中国から内陸の中央アジア諸国につないでいる様子、中国の西部(内陸部)開発の様子が写真付きで描かれています。国境線をめぐって不毛な争いをする時代は終わりつつあり、鉄道、高速道路、パイプラインでつながっていく時代になっているということが本書『ネクスト・ルネサンス』を読むと良く分かります。

 これまで私が書いてきました『ネクスト・ルネサンス』の内容の紹介を読んで、「リベラルで理想主義的な(空想の)話か」と思われた方々も多いと思います。しかし、カンナのポジションを考えるとあながち夢想家の本とは言えません。カンナは現在、ニューアメリカ財団の上級研究員をしています。またブルッキングス研究所の研究員も兼任しています。

 彼は、外交評議会(CFR)の会員でもあり、世界経済フォーラムが選ぶヤングリーダーでありダボス会議には毎年出席しています。若き世界エリートの一人であると言えます。本書の訳者あとがきでも書きましたが、カンナはオバマ大統領の選挙戦の時の外交政策立案チームに参加していたこと、またCFRの会員であることから、ズビグニュー・ブレジンスキーとの関係が深いと考えられます。この点から、彼が本に書いて発表することは、ただの理想論や空想の話ではなく、アメリカの外交政策や世界の将来のための実現可能な提案なのです。

 カンナはこれまで世界100カ国以上を実際に訪ね、様々な人々に会い、話を聞いて自分の知識を構築しています。そうした現実に即した知識に基づいて本書『ネクスト・ルネサンス』は書かれています。この本は、一言で言うならば、「リアリスティック(現実的)なリベラルである若き世界エリートの世界を動かすために提案した青写真・設計図」ということになります。世界がこれからどのように動いていくのか、その時に自分はどのように動けば良いのかということについて大変示唆に富んだ本です。是非、手にとってお読みください。よろしくお願い申し上げます。

(終わり)

副島隆彦の“予言者”金融セミナー第2回『大災害から復活する日本』発刊記念講演DVD

副島 隆彦 / 成甲書房


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by Hfurumura | 2011-11-21 14:14 | 宣伝

お知らせ

副島隆彦の“予言者”金融セミナー第2回『大災害から復活する日本』発刊記念講演DVD

副島 隆彦 / 成甲書房



ウェブサイト「副島隆彦の学問道場」の「今日のぼやき・会員ページ」に拙文を掲載していただきました。→ http://www.snsi.jp/tops/boyaki/1547

タイトルは「「1262」 アメリカは「アジア・太平洋地域共栄圏(Asia-Pacific Region Co-Prosperity Sphere)」を構想し中国に対抗しようとしている。古村治彦(ふるむらはるひこ)筆 2011年11月15日」というものです。

この論稿は、ヒラリー・クリントン国務長官、ジョセフ・ナイハーバード大学教授、イアン・ブレマーユーラシアグループ代表の論文や著作を通じて、アメリカの外交政策の基本を読むという内容になっています。

「副島隆彦の学問道場」の「今日のぼやき・会員ページ」は会員限定のページとなります。会員お申し込みはこちらのアドレスです。→ http://www.snsi.jp/tops/entry

どうぞよろしくお願い申し上げます。

副島隆彦の“予言者”金融セミナー第1回『日米地獄へ道連れ経済』発刊記念講演会

副島 隆彦 / 成甲書房


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by Hfurumura | 2011-11-16 18:31 | 宣伝

学問道場福島復興活動本部滞在報告記④

副島隆彦の“予言者”金融セミナー第2回『大災害から復活する日本』発刊記念講演DVD

副島 隆彦 / 成甲書房



 都路滞在5日目(11月4日)はご近所にあいさつ回りをしました。ある会員の方々からミカンをたくさんいただいたのと、『放射能のタブー』が本部に届いたので、ミカンと本を持参して数軒のお宅を訪問しました。そのうちの2軒では家に上げていただいてお茶をご馳走になりながらお話を聞くことができました。

 一軒目は都路で造園業を営んでおられるおうちです。ご主人は東京でも生活をされていましたが、今から10年ほど前に帰郷され事業をされています。私は初めてお話を聞くので、まず地震当日のお話をお聞きしました。「「当日は南相馬市の原町にいた。自分の5メートル手前まで津波が来た。そのときは、津波だとは分からなかった。ただ、道沿いの田んぼに水を張っているんだろうと不思議に思った。そしたらそれが津波だったわけさ」とご主人は話してくれました。今回は大津波で多数の犠牲者が出ましたが、その中には津波だということを咄嗟に気付くことができずに巻き込まれた方々もいらしただろうことは推察できます。ご主人は海沿いの道ではなく、山の方の道を迂回してようやく都路まで帰ってきたということでした。

 次に原発で事故が起きた直後のことをお聞きしました。ご主人は「ここら辺の数値は、飯館村なんかに比べて低いでしょ。私は漁師をしていた経験もあるんだけど、この時期の風は南風だから、放射能物質は飛んでこないと思ったんだよ。それで避難する必要がないと判断した。私たちがここにいたら、まず大熊町の人たちが都路に逃げてきた。そして翌日にはもっと先まで避難していった。ここらへんでは、40人くらいは避難指示があっても避難しなかったと思うよ」とお話ししてくれました。

 いろいろなお話の中で、やはり生活のことに話題が及びます。「補償はこれからだ。今は東電から一時金100万が払われて、とりあえず住民も抑えているが、この後に除染や補償の問題が本格化する。自分もそろそろ東電の船引の賠償相談窓口に怒鳴り込もうかと思っている。従業員の給料を払わないといけないから。行政局にも怒鳴り込んだ。とりあえず従業員の休業補償はとった。だが、事業が継続できなくなった事とか東電はどうするんだ」ということをご主人は言っていました。冬に向けて寒さも厳しさを増す中で、生活の不安も大きくなっていくということでした。

 最後のご主人は「5キロ圏内はこのまま最終処分場にするしかない。他にもっていくところがない。それでね、原発から19キロのところに畜産をずっとやってきた、ここらでは有名な頑固親父が避難もせずに残って生活しているよ。俺も畑があるから見に行きたいんだがね」という話もしてくれました。

 それから、近所の方で何かとお世話になっているYさんのお宅に伺いました。裏山の樹木の剪定を終えゆっくりなさっているところにお邪魔したにもかかわらず、コーヒーやお菓子をご馳走になりました。Yさんと奥さんは、吉見さんに本部の様子を尋ね、これから冬に向けて対策をするようにということを話してくれました。都路でも雪が30センチも積もることがあり、車の運転は大変危険だから、慣れていない人間は運転しないように、ということでした。冬の寒さは鹿児島育ちで、冬の時期には東京までしか行ったことのない私には想像もできないことです。

 吉見さんが「都路の小中学校は10キロ先の春山小学校に仮校舎を建てていますよね。子供たちは、非難は大変だけど、コンビニにいけるような場所に避難できて良かった、と内心思っているんじゃないですかね」と言ったところ、Yさんの奥さんは、「そんなことないよ。よそから来た子だから、ケンカに弱い子らは苛められてるんだ。しかも、よそから来て間借りしている身だから言い返せないんだ。自分の家がいちばん良いさ」と仰っていました。

 Yさんに「東京の皆さんは福島に行ってみたいなんて仰るかね」と聞かれたときにはちょっと答えに詰まりました。私の周りではそんな話をしないからです。それでも九州に住む母はご縁がなかった福島にも行ってみたいものだと言っていますから、そのことはお伝えしました。「春になると桜がきれいだからいらっしゃると良いよ」とYさんは仰いました。

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都路の様子

 11月4日の夜は滞在最終夜ということで、吉見さんとお酒を飲みました。首都圏で育った吉見さんが自然は豊かだが人は多くない場所で、元スーパーの建物で独り生活するというのはどういう気持ちなのかということなどについて教えてもらいました。「出家をし、修行をしているようなものと言えるかもしれませんね」と吉見さんは笑いながら話してくれました。私には名利も求めず、ぜいたくな生活もしない吉見さんの方が、そこらの生臭坊主に比べてずっと立派なように感じました。

 深夜お酒を飲んでいると、防災無線が作動し、消防団員に集合がかかりました。緊急車両も近くを走るようになり、「何事だろうか」と心配になりました。緊急無線では都路古道山口地区で火事が発生したということでした。1時間ほどで鎮火したという無線放送があり安心しました。これは私の勝手な想像ですが、原発が事故を起こした時、恐らくこのような防災無線ですぐに避難するようにという指示があったのでしょう。そして、不安におびえながら皆さんが避難されたのでしょう。私は一瞬、「原発で何かあったのではないか」という思いに駆られました。そして恐怖を覚えました。火事であることを知ってもどこか怖さを感じていました。自分の小心さには今驚くばかりです。しかし、暗い中で自分がどうしようもない状態にあると思うと恐怖を感じた、ということはここに記録しておかねばなりません。

 私はこの時期に都路を再訪し、とても良い経験ができたと思っています。首都圏にいると地震や原発事故について忘れがちになります。一日中地震や原発事故のことを考えることは不可能です。それでもたまには考えること、そして実際に行って、自分の目で見て体験してみることはとても重要なことだと改めて思いました。頭の中でいくら想像してもそれは現実に限りなく近づくことができても現実ではありません。「そんなことは当たり前だ」と仰る方もいると思いますが、今回の原発事故に関してはそれが当たり前ではなくなっています。「できるだけ自分の目で見、耳で聞き、手で触る」ということはヴァーチャルな便利さが進んでいく時代に重要なことであると思います。

 放射能についてですが、ご心配の方も多いと思います。都路では、防災無線で放射線の測定値を毎日発表しています。その数値はインターネットでも見ることができます。どうぞご覧ください。これだけの数値なのです。どう判断するかは読む人によりますが、私は1週間弱滞在しましたが健康には影響がないと考えます。都路からまた更に離れた場所であれば尚更心配なく、日常生活を送ることができると考えます。
※田村市による環境放射線モニタリング測定値が発表されているウェブサイトのアドレス→ http://www.city.tamura.lg.jp/tamura_saigai/kankyo_ph_2.jsp#ooaza-moni

 私が住んでいるところからほんの2、3時間の場所に原発事故において日常生活を送れる場所とそうではない場所を区切る境界線があります。この境界線は事故直後に半径30キロ圏に引かれ、その後20キロ圏に引きなおされました。その根拠は何なのか、いまだによく分かりません。放射能測定モニタリングの数値でもないようです。そして人間が年間に浴びても問題ない数値を巡って大きな議論となっています。

 「数値が年間1ミリシーベルトを超えると危ないんだ、人がたくさん病気になってしまうんだ」と思っている人たちからすれば、今回の私の都路滞在は「わざわざ危ないところに行って狂気の沙汰だ、馬鹿な奴だ。師匠の副島隆彦に騙されたか、狂信的な弟子なのだろう」ということになるでしょう。それでも福島には、都路には現実の生活があります。頭の中で想像と恐怖を膨らませるだけでは済まないのです。ちなみに人間が1年間に浴びる放射線量は世界平均2.4ミリシーベルトであると言われています(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88)。

 放射能を怖がることは当然のことだと思います。また、放射能について恐怖心を増大させるような情報だけを頭に取り入れることも自由です。しかし、福島で現実の生活をしている人々にも現実の生活を送る権利と自由があります。それに対して非難をするだけでなく、その人たちが普通の生活を送れるように見守り、協力していけるようにすることが、「ほんの少し離れた場所にいる」私たちのやるべきことではないかと私は思います。

 最後に都路にある旅館「みや古旅館」のご主人(元高校球児で甲子園出場経験有)が旅館の一室から掲げているメッセージを掲載します。

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(終わり)

放射能のタブー

副島隆彦+SNSI副島国家戦略研究所 / ベストセラーズ


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by Hfurumura | 2011-11-13 22:04 | 福島

学問道場福島復興活動本部滞在報告記③

都路滞在4日目(11月3日)は文化の日ということで都路から10数キロ離れた常葉(ときわ)町で「新蕎麦祭り」が開催されるということで吉見さんと出かけました。正式な名称は「あぶくま高原 新そばまつり」で、田村市・いわき市・小野町・川内村・平田村・葛尾村の団体が新蕎麦を販売するというものです。

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蕎麦の出店の様子

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新蕎麦(すっきりした味わいでした。大変美味しくいただきました)と蕎麦打ちの様子

蕎麦以外にも山の幸を中心に出店が出ていて、またステージも設置され、様々な出し物がありました。

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民謡大会の様子(子供たちが大変上手に歌っていました)

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猪の肉の串焼き

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イワナの串焼き

 駅伝大会も同時に開催され、小中高、大学社会人まで各世代の選手たちが参加していました。都路では小中学生を見かけませんので、子供たちが楽しそうにしている姿を見るのは感動的でした。月並みな表現ですが、当たり前のことができることのありがたさを改めて実感しました。また、この地方の食べ物の豊かさも再確認できました。
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by Hfurumura | 2011-11-12 17:37 | 福島

学問道場福島復興活動本部滞在報告記②

放射能のタブー

副島隆彦+SNSI副島国家戦略研究所 / ベストセラーズ



 滞在2日目(2011年11月1日)、本部にある自動車を運転して、川内村に向かいました。都路の隣にあるのですが、都路は「平成の大合併」で田村市となりました。元々はお隣同士の村でした。ここには村役場の側に町営の温泉施設である「かわうちの湯」(http://www.kawauchimura.com/onsen.html)があります。

 この施設は露天風呂やレストランも完備されていた施設なのですが、2011年3月11日の大地震のために露天風呂が故障してしまいました。現在は、大浴場(サウナやバブル風呂がある)だけを午後1時から8時まで営業しています。料金は100円という格安の値段です。来月には全面改修に入ってしまうので営業をしなくなるのですが、それまでは100円で温泉を楽しむことができます。泉質はぬるぬるした感じです。100円で入湯するのは申し訳ないほどです。皆さま、是非遊びに行ってみてください。タオルなどは持って行ってください。来月には本格的な補修作業が開始されますので、閉鎖される予定です。行かれる際にはご注意ください(かわうちの湯の電話番号は0240-39-0103です)。

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かわうちの湯の外観

 滞在3日目(11月2日)には、都路から20キロほど離れた船引(ふねひき)に行きました。本部では基本的に自炊をしていますので食料の買い出しと船引にある仮設住宅を見学しました。船引は郡山からも20キロほど離れた場所にあり、郡山のベッドタウンとして新興住宅地のようになっている場所もあります。

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船引の住宅街。この側に仮設住宅が建設されている

 新興住宅地の側にある市営グラウンドに仮設住宅が建設されています。全体で100戸ほどの仮設住宅があり、バリアフリーになっているものや少し広めのものがあります。駐車スペースも整備されています。集会所は2か所あります。高台のグラウンドにあり、近くのショッピングセンターまで1キロ以上はあるので車の運転ができないお年寄りなどは大変だろうと思いました。車が運転できれば買い物などには苦労は少ないのではないかと思います。

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仮設住宅の案内図(世帯で大きさが違うユニットもあります)

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仮設住宅の様子

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集会所の建物(全体としてバリアフリーになっています)

 船引には駅前に商店街があり、そこから1キロほどのところには巨大なショッピングセンターがあります。ダイソー、スーパー・リオンドール、ドラッグストア、ツタヤ、ドトールコーヒー、ケンタッキー・フライド・チキン、ホームセンター(生鮮食料品有)のダイユーエイトが1か所に集まっています。土日は広い駐車場が満車になるのだそうです。

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ショッピングセンターの様子

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ツタヤの書籍コーナーにて(『放射能のタブー』はありませんでした)

 ショッピングセンターの近くの空き店舗(以前は本屋さんだったそうですが閉店して空いていたそうです)に東京電力の「郡山補償相談センター 賠償相談窓口」が開設されていました。常に誰かが外に立つなど不必要な人数が無駄な場所に割かれている印象でした。駐車場から通る人や車を監視しているかのようで、大変な威圧感を覚えました。ここに相談に行くというのは普通の人には勇気がいることだろうと思いました。船引にある地震や原発事故の被害を直接外部の人間にも分かるものは、仮設住宅と東電の相談窓口だけでした。

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東電の相談窓口

(つづく)

副島隆彦の“予言者”金融セミナー第2回『大災害から復活する日本』発刊記念講演DVD

副島 隆彦 / 成甲書房


(つづく)
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by Hfurumura | 2011-11-12 10:11 | 福島

学問道場福島復興活動本部滞在報告記①

放射能のタブー

副島隆彦+SNSI副島国家戦略研究所 / ベストセラーズ



2011年10月31日から11月5日にかけて、「副島隆彦の学問道場」福島復興活動本部に滞在してきました。本部には、吉見理(よしみ・おさむ)さんが2011年6月から継続して滞在し活動しています。吉見さんは、『放射能のタブー 悪魔の用語辞典<3>』に「福島復興活動本部 活動日誌(2)」を寄稿し、現在もウェブサイト「副島隆彦の学問道場」の掲示板「重たい掲示板」(http://www.snsi.jp/bbs/page/1/)に定期的に活動日誌を掲載しています。今回の滞在中には、吉見さんには大変お世話になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。

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田村市の地図(都路が20キロ圏のすぐ外にあることがお分かりになると思います)

2011年10月31日(月)午後3時、私は福島県田村市都路町にある活動本部に到着しました。東北新幹線で郡山に向かい、磐越東線(ばんえつとうせん)で郡山から船引(ふねひき)、福島交通の路線バスで船引駅前から終点(古道車庫)までを乗り継いで、私が住む埼玉県から約3時間の行程でした。
※都路までについては福島交通のウェブサイトを参考になさってください。アドレス:
http://www.fukushima-koutu.co.jp/bus/map/02index_ono.html

活動本部は、以前はスーパーとして使われていた建物です。1階は事務所と台所、2階は居住スペースとして使用しています。

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学問道場福島復興活動本部の建物

到着してしばらく話をし、まずは都路の町を吉見さんの案内で歩き回りました。まずは田村市が設置している都路行政局です。都路は元々都路村でしたが、市町村合併で田村市となりました。行政局は昔の村役場です。行政局はサービスを復活させ、夜には宿直をしている職員もいます。

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都路行政局

その後、高台にある都路中学校に向かいました。都路には小中学校があるのですが、現在子どもたちは避難していて、両方とも閉鎖されている状態です。両校とも地震によって土砂崩れや地面の亀裂といった被害があるのですが、生徒たちがいない為に補修も後回しになっています。小学校では地震の被害がだいたい片付いた後に、台風による豪雨でがけが崩れ、校庭の真ん中に崩れた土砂と木が集められている状態です。

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高台にある都路中学校。地割れに応急処置。

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都路中学校。建物の側の砂の山は除染で取り除かれた表土

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都路小学校の校庭の様子。

町を歩いているうちに午後5時になり、辺りはすっかり暗くなりました。昼間は暖かかったのですが、太陽が沈むと気温が急速に下がっていきます。やはり東北の山間部は秋の訪れが早いです。夜になると外の気温は摂氏3度にもなり、息を吐くと白くなるほどです。

(つづく)

バーナード・マドフ事件 アメリカ巨大金融詐欺の全容

アダム・レボー / 成甲書房


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by Hfurumura | 2011-11-11 20:57 | 福島