翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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新著『アメリカ政治の秘密 日本人が知らない世界支配の構造』が発売になります

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所



私、古村治彦(ふるむらはるひこ)の初めての単著『アメリカ政治の秘密 日本人が知らない世界支配の構造』が2012年5月第2週にPHP研究所から発売になります。

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『アメリカ政治の秘密 日本人が知らない世界支配の構造』

どうぞよろしくお願い申し上げます。

アメリカ政治の秘密

古村 治彦 / PHP研究所


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by Hfurumura | 2012-04-22 21:28 | 宣伝

DVD『今、世界経済がどう変質しつつあるか』の頒布が始まります

ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方

カンナ,P. / 講談社



古村治彦です。

2012年3月24日に開催されました、第26回副島隆彦を囲む会(SKK)主催定例会の内容を収めたDVDが頒布開始となります。お申し込みは以下のアドレスからお願いいたします。

http://snsi.jp/shops

※ページの下の方にDVDのコーナーがあります。

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副島隆彦の“予言者”金融セミナー第1回『日米地獄へ道連れ経済』発刊記念講演会

副島 隆彦 / 成甲書房


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by Hfurumura | 2012-04-19 10:02 | 宣伝

アラブの春について

●「アラブの春についての5つの根拠のない噂話(Five myths about the Arab Spring)」

2012年1月13日付
ワシントン・ポスト紙
ファウアド・アジャミ筆
http://www.washingtonpost.com/opinions/five-myths-about-the-arab-spring/2011/12/21/gIQA32TVuP_story.html

一年前に「アラブの春(Arab Spring)」が始まった時、西洋社会は大きなショックを受けた。アラブの人々は、表面上は、自由を望ます、暴政に進んで身をゆだねているように西洋の人々には見えたからだ。しかし、ひとたび、人々の力が解放されると、動乱は際限なく広がり、アラブ諸国の街頭では大混乱が起こり、政治勢力は人々に受け入れられやすい公約を発表した。アラブ諸国の反体制運動は、アラブの春についての自称専門家や「常識」を数多く生み出した。その中には誤解や誤りがある。これから、アラブの春を発生させ、拡大させた原因を精査していきたい。

1.2009年のオバマ大統領のカイロ演説が人々を触発し、アラブの春が発生した

アラブの春については、真実からかけ離れた話が出回っている(Nothing could be further from the truth)。北アフリカ諸国で反体制・反政府運動が始まった時、アラブの人々やイスラム教徒たちがオバマ大統領の誕生の際に抱いた好意は、きれいさっぱりと消えていた。2009年6月、オバマ大統領はカイロを訪問し。アラブ・イスラム世界に対してアメリカは新しいアプローチの仕方を取ると演説の中で約束した。しかし、アラブ世界やイラン国内で長年苦しい戦いを続けてきたリベラル派の人々は、オバマ大統領は口だけだと看破していた。オバマ大統領はカイロ演説の中で次のように語った。「私は、アメリカ合衆国とイスラム教徒の人々との関係を全く新しくすることを約束する。私たちは共通の利益と相互尊敬を基礎とした世界に共に生きている」と。しかし、アラブの人々は、アメリカの新リーダーが、イスラム教徒との関係について現状維持できればよいと楽観的に考えていると見ぬいていた。

 オバマ大統領は、シリアとイランといった国々とアメリカとの関係を修復しようとした。ジョージ・W・ブッシュ(子)前政権の「自由のための外交」とは決別しようとした。2009年4月、ヒラリー・ロドハム・クリントン国務長官は、「イデオロギーは全く時代遅れのものとなった」と述べ、ブッシュ前政権の攻撃的な外交政策は過去の遺物となったことを宣言した。2009年夏、イラン国内各地で大統領選挙に端を発した暴動が発生した。この時、オバマ政権の自制的な外交姿勢は姿を消した。

 オバマ大統領の父親はケニア人であり、幼少期をインドネシアで過ごした。オバマはコスモポリタン的である。それだからこそ、オバマ大統領はアメリカ国内の諸問題の解決に集中するに違いないとアラブの人々は考えていた。チュニジアとエジプトで反体制運動に参加した人々は、アメリカが助けに来てくれるとは考えていなかった。リビアの反体制運動をアメリカは支援したが、それは遅すぎるものであり、リビアの反体制運動支援を推進したのは、アメリカ政府ではなく、フランス政府とイギリス政府だった。

2.アラブの春はフェイスブックとツイッターを使った革命だった

 アラブの春に参加した若者たちは、フェイスブックとツイッターを使って、独裁政府に捕捉されることなしにお互いに連絡を取り合うことができた。CNNのウォルフ・ブリッツアー記者が、グーグルの若き幹部であるワエル・ゴニムに「ホスニ・ムバラク大統領が権力を失った後、エジプトはどうなりますか」と質問した。ゴニムは、「その質問はフェイスブックにしてください」と答えた。ゴニムはカイロのタヒール広場で起こった反政府運動を代表する顔だった。しかし、エジプトの独裁者を打ち倒したのは普通の人々だった。

アラブの春は伝統的な手法によって盛り上がった。シリア各地の反政府運動が盛り上がっている都市では、金曜礼拝を終えた人々が集まって集会を開いている。シリア国内の状況は、暴力の使用を躊躇しない政権と政権に挑戦する勇気ある人々の意地比べになっている。ダルアー、ホムス、ハマといった都市部の若者たちは権威に対して恐怖を持つ文化を乗り越え、独裁政治に挑戦している。

モハメド・ブアジジはチュニジアの地方都市で行商をしていた。この若者が2010年12月に焼身自殺をしたことで、チュニジア国内で反政府運動が発生した。ブアジジはフェイスブックを使っていなかった。彼にあったのは怒りと絶望だった。私たちは技術の進歩にある程度の歯止めをかけるべきかもしれない。アラブ世界におけるインターネットの浸透度はそこまで広くも深くもない。

3.オバマ政権はホスニ・ムバラクをスケープゴートにした

ムバラク大統領が失脚したのは自業自得である。アメリカ政府は、ムバラクが嵐を乗り切ることができると考えていた。エジプト国民が団結して独裁者を追い落とした時、オバマ政権は混乱し、ムバラク大統領に対して、同情を示した。エジプト人の大多数は、このような頓珍漢なオバマ大統領に対して軽蔑の念しかもっていなかった。ムバラクは、アメリカとアラブ世界とをつなぐ重要な柱のような存在だった。ムバラクが失脚する数週間前、クリントン国務長官は「エジプトの政権は安定している」と発言していたことを思い出していただきたい。

アメリカは何にでも首を突っ込むがそれは止めた方が良い。アメリカから遠く離れた国々には、アメリカが利用することも、排除することもできない政治勢力が必ず存在する。ムバラクは約30年間にわたり、豊かなエジプトを支配することができた。独裁者ムバラクは、エジプト国民を弾圧し、国民の利益など考えることはなかった。ムバラクは法律をことごとく無視して政権の座に座り、自分の後継者を決めることもしなかった。ムバラクは彼の能力が欠如した息子に権力の座を譲りたいと考えていたようであるが。ムバラクは軍部出身である。エジプトの軍部は、ムバラクが世襲を行おうとしていたことを恥辱だと捉えていた。エジプトでの反政府運動・反体制運動に関して言うと、ホワイトハウスと国務省の政策担当者たちは、ただの観客に過ぎなかった。

4.イラクのサダム・フセインがアメリカ軍によって追い落とされたことがアラブの春の発生を促した

私はイラク戦争を支持してきたので、イラク戦争とアラブの春に関係があったらどんなに良いことだろうか、と考える。しかし、イラクはアラブの春とは何の関係も持たない。イラク戦争を支持した保守派はそのように考えたがるが、実際はそうではない。

 アラブの春が始まった2010年末、イラクは既にアラブ世界の関心の的ではなくなっていた。当時、イラクではテロ事件が頻発し、世俗主義が広がっていた。アラブ人の中で、イラクのマリキ首相がイラクに正しい政治文化を導入するだけの力を持っているなどと考える人はほとんどいなかった。イラクの場合、2つの問題があった。一つは、イラクの独裁者サダム・フセインはイラク国内の反体制運動ではなく、アメリカの力で追い落とされたということである。そしてイラクの新しい秩序は、シーア派に力を持たせる結果ということになった。しかし、スンニ派のイラクの政治的な変化にあまり影響を受けていない。スンニ派はアメリカの対イラク戦争と占領に反対し続け、シーア派が固めた新しいイラク政府に従わない状況にある。

タヒール広場でのエジプトの人々の熱狂は他国の反体制運動に大きな影響を与えた・エジプトはアラブ世界の政治と文化の流れを作る国である。イラクはエジプトの作る流れに乗るだけの国でしかない。アラブの春とイラクを結びつけて考えるアラブ人はほぼいないだろう。

5.アラブの春で盛り上がった反体制運動は、アラブ諸国とイスラエルとの間の和平プロセスの将来に大きなダメージを与えた。

確かに、一部の暴徒がムバラクの失脚後、カイロのイスラエル大使館に押し掛けた。しかし、アラブ諸国とイスラエルの相互承認は、アラブ諸国が独裁者たちによって支配されている間には全く進まなかった。アメリカがムバラク政権を支持し保護するための前提条件として、イスラエルとの平和条約があったはずだ。しかし、ムバラク大統領は、イスラエルとはイスラエルと距離を取り続けた。彼が大統領の地位にあった30年間で、イスラエルを訪問したのはただの一度である。ムバラクは、1995年に暗殺されたイツハク・ラビンイスラエル首相の葬儀に参列した。彼のイスラエル訪問はその時だけだ。ムバラク大統領は反近代主義、反米主義、反ユダヤ主義をうまくミックスして、自分の政権の維持に利用した。1979年にイスラエルとエジプトは、アメリカのキャンプ・デービッドで平和条約を締結した。この条約は今でも維持されているが、イスラエルとエジプトとの間は長い間、冷たい平和が保たれてはいたが、交流はなかった。

1973年の十月戦争(第四次中東戦争)以降、シリアはイスラエルと実質的な和平状態に入っている。この「和平」を称賛する人は誰もいない。シリア・イスラエル国境では紛争は起きていないが、シリアは、レバノン・イスラエル国境からイスラエルに対して攻撃を仕掛けてきた。イスラエルのエフード・バラク防衛相は最近、「アサド政権の崩壊は中東地域全体にとって福音である」と発言している。この発言はイスラエルがアサド政権の崩壊を待っているということを示している。

アラブの反体制運動・民主化運動の指導者たちは、イスラエルと和平を主張している訳ではない。しかし、反体制運動・民主化運動の指導者たちは、独裁者たちが政治や経済の失敗を取り繕うためにイスラエルとの争いを安易に利用したということをよく分かっている。シリアの人々がアサド大統領の暴政よりもイスラエルを恐れている、と信じている人はどれくらいいるだろうか?

ファウアド・アジャミ(Fouad Ajami):スタンフォード大学フーバー研究所上級研究員。フーバー研究所「イスラム主義と国際秩序」研究グループ共同代表。

(終わり)
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by Hfurumura | 2012-04-12 12:12 | 国際政治

シリア介入

●「論説記事:シリア国内での大量虐殺を止めるには」

2012年2月23日付
ニューヨーク・タイムズ紙
アン・マリー・スローター筆

http://www.nytimes.com/2012/02/24/opinion/how-to-halt-the-butchery-in-syria.html

シリア国内の内戦状態は長期化し、多数の死傷者を出す事態になっている。また、シリア国内は不安定さを増している。こうした状況を改善するためには、外国によるシリアへの軍事介入しかない。こうした介入に反対する人々は、お経のように「シリアはリビアとは違う」ということを繰り返し述べている。しかし実際には、シリアはリビアよりも戦略的にずっと重要な場所に位置している。そして内戦状態が長期化すればするほど、私たち(アメリカ)の国益を脅かすことになる。シリア国内への「外国」の軍事介入は、シリア国内の血塗られた、長期にわたる内戦を止めるための最高の希望となることは間違いない。介入に反対する人々が繰り返し唱えるお経のような文句は、「シリアはリビアではない」というものだ。実際のことを言うと、シリアはアメリカの戦略から見ると、リビアよりも重要な位置にある。そうしたシリアで内戦が長引くと、アメリカの国益にも悪影響を与える。アメリカはシリアの近隣諸国に援助を与え、シリア国内で続いている人々の殺害を止めるようにすべきだ。

反体制派に武器を与えることは、最も簡単な選択肢である。しかし、この選択肢は、世界が最も恐れる結果をもたらす可能性が高い。レバノン、トルコ、イラク、ヨルダンの代理戦争になり、それぞれの勢力によってシリアが分裂してしまうことが考えられる。また、アルカイーダやその他のテロ組織がシリア国内で勢力を伸ばすことも考えられる。そうなると、テロ組織は化学兵器や生物兵器をシリア国内で入手することが可能となる。

選択肢はある。約70カ国の代表が本日、チュニスに集まり、会議を開いた。この会議は「シリアの友人たち(Friends of Syria)」と呼ばれている。この会議では、シリア国内に「殺害禁止区域」を設定することをシリアに求めることが決まった。この区域内では信条、人種、政治的立場に関係なく、全てのシリア国民が保護される。政府軍からの離脱者で構成されている自由シリア軍はその数を増やしている。自由シリア軍が主体になって、トルコ、レバノン、ヨルダンそれぞれとの国境の近くに殺害禁止区域を設定すればよい。こうした区域はそれぞれとの国境にできるだけ近く設定すべきだ。そうすれば、赤十字やその他の組織が人道的な支援として、食料、水、医薬品を運び入れることができるし、負傷者を国外に脱出させることもできる。殺害禁止区域は既に立ち上がっている文民委員会が管理すればよい。

このような殺害禁止区域を設定するには、反政府側の兵士たちに対戦車、対スナイパー、対飛行機用の武器を与える必要がある。こうした武器は、トルコ、カタール、サウジアラビア、ヨルダンから供与したらよい。カタール、トルコ、そして可能ならばイギリスとフランスの特殊部隊がシリア国内に入り、戦術的、戦略的なアドバイスを自由シリア軍に与えるというのも良いだろう。外国の特殊部隊をシリア国内に送るのは兵站の面からも、政治的な面からも可能である。いや、既に実行されているかもしれない。

特殊部隊はシリア政府軍の動きに関する情報と、反政府軍が人口密集地帯を攻撃にさらされないようにし、自分たちもスナイパーからの狙撃を受けないようにするための通信手段をうまく管理することができる。政府軍の将兵が的確な攻撃を受け、捕虜となり、もしくは脱走しても報復されないということになれば、殺害禁止区域の重要性は増し、政府軍側も殺害禁止区域を守り、その区域を拡大することに注意を向けるようになる。

次の段階としては、戦車と飛行機の動きに関する情報が必要になる。そして、シリア政府軍の重火器と通信手段の情報を得ることも必要だ。その目的は、各都市の攻撃を担当している政府軍の各部隊を弱体化させ、孤立させることだ。そうすれば反政府軍は政府軍の舞台と直接交渉し、自分たちの側に寝返らせることができ、反政府軍のコントロールする地域を拡大することができる。

シリア国内、国外でこうした活動を行うための援助を与える際の重要な条件は、援助が防御にのみ使われるということだ。シリア政府軍の攻撃を止めさせる、もしくは殺害禁止区域を設定してもそれを敢えて攻撃しようとするシリア政府軍を排除する、これらが防御的であるということだ。外国への介入を限定的に行うということは常に難しいことである。しかし、今回の場合、自由シリア軍が攻撃的になった場合、国際社会からの援助は停止しなければならない。殺害禁止区域内で最も尊重されなければならないのは、人々の安全と人道的支援である。報復、復讐のための攻撃は絶対に許されない。

シリアのアサド大統領は、政府が援助しているギャングに対する依存を強めている。また、各都市を重火器で防衛している。しかし、軍隊を数多く駐屯させている訳ではない。それは、アサド大統領が政府軍の将兵たちの忠誠心に疑いを持っているからだ。彼らにシリア国民に銃を突きつけ発砲させることができるか不安を持っているのだ。殺害禁止区域が設定された場合、政府軍の兵士がこの区域に入ったら自分の元同僚たちと出会うことになる。政府軍の兵士たちをこのような状況に置けば、そして脱走する機会を与えれば、シリア政府軍の将兵は進んでシリア自由軍に参加することだろう。その数は、推定ではあるが、30万はくだらないだろう。

トルコとアラブ連盟はまたシリア国内の反体制派をより積極的に支援すべきだ。無人ヘリコプターを使っての物資と武器の運搬はその一例である。無人ヘリコプターはアメリカ軍がアフガニスタンで実際に使用した。もしくは、シリア政府軍の対空防御装置と臼砲を攻撃し、殺害禁止区域を守ることも必要だ。

トルコは自国の軍隊をシリアに派遣することに懐疑的である。トルコが軍隊を派遣したら、アサド大統領は、トルコに対して宣戦布告をし、報復をするだろう。しかし、トルコはシリア国内の内戦状態から少なからず悪影響を受けているのだから、介入して、問題を解決すべきだ。また、アラブ連盟所属の各国も武器や物資をトルコに貸与して問題解決に貢献すべきだ。

リビア国内での場合と同様、国際社会は、アサド大統領が自国民に対して行っている戦争行為から直接的な影響を受けてしまう近隣諸国からの承認、もしくは招聘がない限り、いかなる活動をも行うべきではない。従って、国際社会が動くかどうかは、アラブ連盟とトルコがどのような行動計画を採用するかにかかっている。ロシアと中国が、シリア国内の大量虐殺を許すような拒否権の発動ではなく、棄権をしてくれるなら、アラブ連盟は国連安全保障理事会で、介入容認の決議を通すことができる。それがだめなら、トルコとアラブ連盟は、自分たちの権威に基づいて介入ができる。もしくは国連安保理の13の理事国と国連総会の137カ国によるアサド大統領を非難する決議に基づいて行動すればよい。

シリア国内の反政府運動・民主化運動に参加する人々の力は過去11カ月で確実に強くなった。彼らは、弾丸に対しては抗議のシュプレッヒコール、ジェスチャー、そして肉体で対応している。国際社会は、シリア国内の状況を非暴力の方へ促し、現在死のゾーンとなっている土地を平和のゾーンに変えるように努力すべきだ。シリア国民はこうしたことを達成する能力を持っている。国際社会は、達成するための道具をシリア国民に与えるべきである。

アン・マリー・スローター:プリンストン大学教授(政治学・国際関係論)。2009年から2011年まで、米国務省政策企画局長を務めた。

(終わり)
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by Hfurumura | 2012-04-11 20:48 | 国際政治

パラグ・カンナの最新インタビュー

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古村治彦です。

本日は、私が訳出しました『ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方』の著者であるパラグ・カンナ(Parag Khanna)の最新のインタビュー記事を皆様にご紹介いたします。彼の「21世紀は都市の時代である」という主張は、『ネクスト・ルネサンス』でも紹介されています。面白いのは、インタビューの後半部です。富裕層の資金について、スイスとシンガポールは連携すべきだという「面白い」主張をしています。

それではお読みください。

==========

●都市群国家(The Cities-State)

Schweizer Monat | April 2012
Interview with Florian Rittmeyer
http://www.paragkhanna.com/?p=1767

21世紀の世界を動かすのは、中国でも、インドでも、ブラジルでもない。都市だ。これは、パラグ・カンナによる予言である。カンナは、スイスを都市が寄り集まった国家だと考えている。そして、カンナは、スイスはシンガポールと連携すべきだと提案している。

インタビュアー:カンナさん、都市国家という考えは、ここ数年、スイス国内でよく議論されている話題です。この都市国家という考えについてどのようなご意見をお持ちですか?

カンナ:都市国家という考えはスイスだけで流行しているのはないのですよ。私は先ごろ、ロンドンである夕食会のホストを務めました。この夕食会には、イギリスの政治家、ジャーナリストなどが集まって、ロンドンは、ヴェニス、フィレンツェ、ハンザ同盟のような中世の都市国家のような位置を占めることができるかということを議論しました。参加者の中にはロンドンは、イギリスから離脱すべきだという意見を表明する人たちもいました。私は、都市国家という考えが再び脚光を浴びることに賛成です。このアイディアは素晴らしいですし、議論をすることも素晴らしいことです。もちろん、実効性が大きな問題になってきます。ロンドンはイギリスから離脱すべきだという考えは、滑稽です。ロンドンはイギリスの一部であることで利益を得ていますし、イギリスにロンドンがあることでイギリスには利益になってもいます。同じことがチューリッヒやジュネーブにも言えます。

インタビュアー:スイス全体が大きな都市国家であるという考えについてどのようにお考えになりますか?

カンナ:都市国家という存在は、計画性を持って作られた存在です。スイスは何世紀もの時間をかけて発展してきました。都市国家をConfoederatio Helvetica(ラテン語の「スイス」)にそのまま当てはめることはできません。私はスイスが都市国家とは申しません。それよりは、複数の都市が寄り集まったもの、異なった機能を持つ諸都市の集合と言えましょう。都市国家(city-state)と言うよりは、都市群国家(cities-state)と言った方が良いかと思います。

インタビュアー:えっ、都市群国家ですか?

カンナ:これは私なりの表現です。しかし、チューリッヒやベルンにいるスイスの一流ブランドの幹部の皆さんにインスピレーションを与える表現だと思いますよ。彼らは、スイスという言葉を使うのにうんざりしていますからね。重要なのは、スイス国内にある様々なハブ(都市)が寄り集まった時に発揮する強さを強調することです。スイスは国土の狭い国ですが、多くの魅力を発信しています。グシュタードとサンモリッツは夏でも冬でも楽しめる場所です。チューリッヒは国際的な金融センターです。バーゼルは科学産業の中心地、ジュネーブは、金融と外交の中心地です。それぞれの場所は、スイスという全体に貢献できる強さを持っています。このような都市群国家としてのスイスは、現在の世界に生きるコスモポリタンたちにとって無限の魅力を与えているのです。

インタビュアー:カンナさん、あなたは、コスモポリタン的なジュネーブ、ダイナミックなチューリッヒ、豪華なダボス(毎年世界経済フォーラムの総会が開かれる)といった場所に大変お詳しいと思います。しかし、もしご自身がこのスイスでほとんどの時間を過ごすことになったら、どのような生活になると想像されますか?

カンナ:私が自分の活動のベースをロンドン、ニューヨーク、そしてシンガポール以外に置くというのは今のところ考えられません。人間というのは時間と移動の利便性について考えるもので、自分の仕事がしやすい場所にベースを置くものですね。ですから、その場所のインフラの質というものが大変重要になってきます。田舎でのゆったりした生活と都市部での現代的な仕事の機会がうまく調和していることが望ましいですよね。その点で、スイスは最高の場所です!スイスの美しさ、それは、チューリッヒに住みながら、そこから30分もかからない湖畔で静寂を楽しむことができることです。ジュネーブに住めば、そこから1時間もかからないでシャモニーに行くことができます。スイスに住めば、1日で都市での生活と田舎での生活を楽しむことができますね。

インタビュアー:スイスに来る人々は、チューリッヒに飛行機で行き、近未来のような地下鉄で中心部に向かうことができます。一方で、カウベルとヨーデルを楽しむこともできます。最先端の技術とスイスの伝統との間には、伝統と現代性との間の矛盾があると言えるのではないでしょうか?そして、この2つは相争っていると言えませんか?

カンナ:牛、チーズ、チョコレート、スキー、銀行の顧客の秘密保持、これらは全て、スイスの素晴らしい点ですね。伝統と近代性との間の矛盾と仰いましたが、都市の中に田舎が存在するという矛盾は、人々が進んで作り出しているものなのですよ。ロンドン市長のボリス・ジョンソンは、都市の中に村のイメージを保つことに成功しています。私はロンドンに住んでいますが、ジョンソン市長が言いたいことをよく分かっています。彼は、「ロンドンは多くの村落の集合体だ。大都市ではあるが、村落のような暮らしやすい場所にしたい」と言っているのです。私は自分の娘を小学校まで送るのですが、学校の校庭には羊と鶏がいます。私が住んでいるのはロンドンの中心部です。これは大変素晴らしいことだと思います。現在は都市化が進み、人々は近所の人たちの名前も知らない時代いなりました。人々は自分の住む場所に愛着が持てなくなっています。その中で、都市の中に田舎を作り出すのは素晴らしいことです。

インタビュアー:ビジネスや学術の世界で才能を発揮する人々は世界規模で活躍しています。今日はある場所にいるが、明日には別の場所に行っている、そんな感じです。スイスがそのような才能ある人々を惹きつけ、長く居住してもらうにはどうしたらよいと思われますか。

カンナ:才能を持つ人々は移動することを嫌いません。フットワークが軽いのです。しかし、スイスという場所は、ここに長くとどまりたいと思わせてくれる場所の一つです。イデオロギー的には中庸、国連の機関があり、チューリッヒとジュネーブという金融センターもあります。地理的にはヨーロッパの中心部にあるというのも利点になります。スイスは、シンガポールのように、専門能力を持つ人々が集まって長期にわたって腰を据える場所になります。その際に重要なのは、居住条件の形式がどうなっているかということですね。現在、スイスに帰化するのは大変難しいです。それでも居住許可Cを持っている人はより少ない手間で帰化できます。スイス国内でこれから労働力がますます必要となる際には、現在はそうではないようですが、現在の居住条件を緩和しなくてはいけませんね。もしスイスが望むのならば、より多くのアジアの大企業がスイスを経済活動のハブとして利用したいと考えるでしょう。もちろん、そのためにはスイス国内で議論をして、アジアの大企業を受け入れるかどうか決めねばなりませんが。中国の大企業がヨーロッパ地域担当オフィスをフランクフルト、パリ、ロンドンに設置しているのは好例と言えるでしょう。

インタビュアー:あなたは常々、21世紀の世界を動かすのは中国でも、インドでも、ブラジルでもなく、もちろんアメリカでもなく、都市群だと主張されていますね。このような主張をするに至った経緯を教えてください。

カンナ:重要な点は、21世紀の世界は、覇権国が一極支配する世界にはならないということです。中国、アメリカ、ブラジル、インド、どの国も一極支配することはできないでしょう。同時に、いくつかの大国が世界規模で調和を保つという時代でもないでしょう。21世紀は分極化されたシステムの時代でしょう。こうした世界では、中世のように、都市が支配的な役割を果たすでしょう。

インタビュアー:いろいろなことを考えると、誰も中世時代には戻りたくないと思うでしょうね。

カンナ:確かにそうかもしれません。しかし、私はハンザ同盟のようなネットワークのモデルからインスピレーションを得たのです。中世の都市同盟から多くのことを学ぶことができるのですよ。その当時も現在と同じで、新しい技術とビジネスチャンスに機敏に反応するネットワークが多くの人々に利益を与えるのです。私たちがある国が隆盛してきたという話をする際に、どうしても忘れてしまうことがあります。それは、ある国の隆盛がその国の大都市の経済活動の拡大によってもたらされるということです。ある国の力の基となるのは何でしょうか。都市です。それではある国の成長と技術革新をもたらすのは何でしょうか。都市間のネットワークです。

インタビュアー:中国の「大きさこそが力の源泉だ」という考えとスイスの「小さいことは素晴らしい」という考えとの間に根本的に相いれない部分があるとお考えですか?

カンナ:私は初めての著作『「三つの帝国」の時代』で帝国について書きました。その中で「巨大な存在が復活している」ということを主張しています。しかし、小さいことと大きなこととの間に矛盾はないのです。ある部分では小さい存在が活躍します。別の部分では大きい存在が活躍します。アジアには、インドと中国という世界で最大、そして第二位の人口を抱える国々があります。同時に小さいながらかなりの成功を収めている国もあります。それはシンガポールです。異なったモデルが同じ地域で共存しているのです。従って、大きいことと小さいことの間に矛盾は存在しないと私は考えるのです。スイスは、労力の移動、環境保全、財政政策、その他の分野で、巨大な国家に対して教訓を与えることができます。

インタビュアー:例えば、ヨーロッパ各国で債務上限を定める動きが続いています。債務上限という考えは、スイスの各州で生まれ、それがスイス国に拡大し、それがドイツに伝えられ、全ヨーロッパに広まりました。

カンナ:その通りです。ヨーロッパの優れているところは、多様性と分極化した多くの中心部があることで、国境を越えて学ぶことができるところにあるのです。ここ数年、西ヨーロッパは、スカンジナビア諸国やバルト海沿岸諸国のダイナミズムから何を学ぶことができるかについて様々な議論がなされてきました。

インタビュアー:そして、金融危機がそれをさらに促しています。スイスは金融危機後の世界でどのように動けばよいのでしょうか。

カンナ:金融危機によってスイス国内の金融センターも大きなプレッシャーを受けています。スイスは伝統的に中立を守ってきました。ですから、どこかの国や組織と同盟や協力体制を結ぶ際にはそれらは曖昧な形にされてきました。しかし、スイスは、特定の分野においては、必要に応じて戦略的パートナーシップを結ぶべきだと思います。多くの人々は現在、富裕層向けの銀行ビジネスは地理的に分散すべきだと考えています。スイスはこの分散化から利益を得ることができます。具体的に言えば、これは一つの例とお考えいただきたいのですが、スイスはシンガポールと直接的なパートナーシップを結ぶと良いと考えます。ヨーロッパとアジアには富裕な人々が多数います。そこで、スイスとシンガポールがお互いに張り合って利益を失うべきではありません。張り合う代わりに、スイスが、ヨーロッパとアジアの間のお金の動きを促進するようにすれば良いのです。西洋世界は、内向きで、保護主義的な方向に進んでいます。スイスはEUとインドとの間で自由貿易協定(FTA)が締結されるまで待っている必要はないのです。そうではなくて、EUの動きとは関係なく、アジアとヨーロッパとの間のお金の動きを促進するように動けばよいのです。

パラグ・カンナ:ニューアメリカ財団上級研究員。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)にて博士号(国際関係論)取得。著書に『「三つの帝国」の時代』『ネクスト・ルネサンス』(共に講談社)がある。

(終わり)

ネクスト・ルネサンス 21世紀世界の動かし方

カンナ,P. / 講談社


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by Hfurumura | 2012-04-09 17:26 | 国際政治