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翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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派閥の地盤沈下は名門をも飲み込む

民主党代表選にすっかり話題をさらわれてしまいましたが、自民党内でも大きな動きがありました。先日、山崎拓氏がオーナーを務める(お金や場所を提供すること)、山崎派が解散を検討しているという報道がありました。小選挙区導入と官邸の機能強化によって自民党の派閥はすっかり力を失いました。野党暮らしもそれに拍車をかけているようです。

本日、町村派の重鎮(元派閥会長)である森喜朗元首相が派閥に退会届を出す騒ぎが起きました。森氏と言えば、三塚博氏の跡をついで派閥の会長となり、自民党幹事長や通産大臣を務め、小渕元首相が病気で倒れた後、首相になりました。決して人気が高かったわけでもなく、また発言が奔放であったため、最後はジリ貧でした。しかし、首相退任後は、自派出身の小泉純一郎元首相を支え、派閥を隆盛させました。古いタイプの自民党の大物政治家です。残念なことに息子の森祐喜・前石川県議が飲酒運転で逮捕されるという事件もありました。最近は影響力が落ちていると言われていました。

今回の騒動の原因は、2010年8月に行われた自民との参議院議員会長を決める選挙です。これまで参議院議員会長は投票ではなく話し合いで決められていました。町村派に属する谷川秀善参議院議員が会長の有力候補でした。森氏としては早大の先輩である谷川氏を少しでも良いポストにつけたいと考えていました。自民党が過半数を持っているなら、参議院議長が最高のポストですがそれは望めないので、参議院議員会長は現在の最高のポストです。

しかし、参議院の若手議員を中心にこれまでのような人事決定に反対する動きが出てきて、選挙ということになりました。谷川氏の対抗馬は中曽根弘文元外相です。そして、中曽根氏の擁立に町村派に属する世耕弘成元首相補佐官ら5人が中曽根弘文前外相の推薦人になりました。それだけでなく、安倍晋三元首相も中曽根氏支持に動きました。森氏としては我慢の限界を超えた勝手な動きに見えたことでしょう。それは当然です。派閥の結束を一番に動く古いタイプの政治家から見れば、若手の動きは背信行為であり、そうした動きを許したら派閥は瓦解してしまいます。

そして、選挙の結果は、得票数が同数となり、くじ引きで中曽根氏が参議院議員会長になりました。森氏にしたら怒り心頭に達したことでしょう。森氏は自分の影響力が小さくなり、安倍晋三氏の力が強くなっていることに愕然としていることでしょう。また、もはや派閥という組織は時代に合わないということに改めて気づかされたのではないかと思います。

町村派の正式名称は清和会であり、福田赳夫元首相以来の名門派閥です。その源流をたどれば、佐藤栄作、吉田茂にまで行き着くということで保守本流意識の高い派閥です。そして、「角福戦争」以来、田中派―竹下派―小渕派―橋本派に対する恨みのような、田中角栄憎し・許すまじの感情を持ち続けてきた派閥です。清和会の敵対する相手は田中派でありました。

しかし、そもそも派閥の力が減退したのは森派の一議員で幹部クラスでもなかったような小泉首相の登場が原因です。また、自民党の減退を促進したのも森、小泉、安倍、福田と町村派(清和会)出身の自民党総裁・総理大臣たちでした。そして、何より、清和会が行った、田中派の流れである橋本派潰しによって全体として自民党の勢いは衰えていったと言えます。

清和会が事務所を置いていた赤坂プリンスホテルも閉館します。どうして赤プリに派閥の事務所があったかというと、清和会に創業者である堤康次郎が政治家時代に籍を置いていたからです。しかし、時代は移っていきます。

森氏の政界引退も近いかもしれない、と私は考えています。

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

●「森元首相、町村派に退会届 「もう面倒を見られない」」

2010年9月2日付 朝日新聞電子版

 自民党町村派相談役の森喜朗元首相が2日の幹部会で「もう面倒を見られない」と退会届を提出した。8月の党参院議員会長選で同派の対応が割れ、所属する谷川秀善氏が落選したことに対する不満を爆発させた。

 出席者によると、森氏は会長選で、谷川氏支持で協力した額賀派と古賀派に「顔向けができない」と発言。「小泉政権以来、どれだけ派閥運営に苦労したと思ってるんだ」と怒り、退会届を机に置いて途中退席した。町村信孝会長が退会届を持って後を追いかけたが戻らなかった。幹部らは慰留を続けるという。

 会長選で森氏は「派閥を壊しちゃいかん」と若手議員にまで谷川氏支援を要請。だが、「談合」と批判する同派の中堅・若手が中曽根弘文氏支持に動き、町村派の安倍晋三元首相も理解を示した。

 中曽根氏が当選し、党内には「森さんの時代は終わった」との声も。同派中堅は森氏の動きについて「求心力を高めようとよくやる手だ」と冷めた見方を示した。

●「自民町村派:参院会長選の処分うやむや 森氏が退会届」

2010年9月2日付 毎日新聞電子版

 自民党町村派は2日、東京都内で幹部会を開き、同派の谷川秀善前参院幹事長が敗れた8月の参院議員会長選挙について「造反」議員の処分を協議した。しかし、同派会長の町村信孝元官房長官が10月に衆院補選を控えていることもあって、結論はうやむやに。業を煮やした森喜朗元首相は派閥の退会届を提出して退席した。与党時代に権勢を誇った最大派閥も求心力の衰えは隠しようがない。

 参院会長選では、町村派から世耕弘成元首相補佐官ら5人が中曽根弘文前外相の推薦人に名を連ねた。さらに数人が中曽根氏に投票したとみられ、40票ずつの同数でくじ引きの末、谷川氏は落選した。ある幹部は「安倍晋三元首相が世耕氏らを通じ中曽根氏を支援した」と憤り、派内に疑心暗鬼が広がっていた。

 幹部会出席者によると、陳謝した鈴木政二参院議運委員長に対し、森氏は「反省しているなら委員長を辞めるべきだ」と苦言。「おれが小泉、安倍、福田(政権)と陰でどれだけ苦労したと思っているんだ。もう面倒をみられない」と退会届を突きつけたという。

 この間、安倍氏はほとんど発言しなかったが、会長選を巡る動きには「再起を狙っている」との見方がある半面、「自民党凋落(ちょうらく)のきっかけを作った張本人なのに」とあきれる声も少なくない。

 森氏の退会届は町村氏が預かり、慰留している。町村派幹部は「犯人探しをすれば派閥が崩壊する。ほとぼりが冷めるのを待つしかない」とあきらめ顔。かつて同派に所属した山本一太参院政審会長は「処分は時代遅れでナンセンス」と酷評した。党内には「民主党代表選がメディアジャックしているときに、自民党はこんなニュースしかないとは」と嘆く声も出ている。【野原大輔、岡崎大輔】

(新聞記事転載貼り付け終わり)
by Hfurumura | 2010-09-03 01:40 | 日本政治
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