翻訳、評論の分野で活動するSNSI研究員の古村治彦のブログ
by Hfurumura
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タグ:舛添要一 ( 4 ) タグの人気記事

もう弱気になっちゃったの?

舛添要一・新党改革代表がNHKの討論番組において、みんなの党や立ち上がれ日本と共同して比例代表の候補者を出す考えを表明しました。ご自分の人気はさておき、新党改革が誕生してそのまま消滅してしまう危機感が高まっているのでしょう。

立ち上がれ日本にしても、略称を日本にして、新党日本に対する選挙妨害まがいのことをしていますし、あんなに威勢の良かった皆さんがどんどん弱気になっている姿を見るのも滑稽さと哀愁を感じます。「国民のため」とは口先だけでしかなかったということでしょう。

舛添氏は政治学者ですし、政治家としてもキャリアを積んでいます。彼の知識と経験から、新党改革は生き残れないという結論が出て、それで、ストレートに統一名簿の話が出たのでしょう。

しかし、リーダーというものは、論理だけでは人々を導くことができません。我慢すること、虚勢を張ることだって必要だと思います。舛添氏には政治家としての「胆力」が備わっていないのではないかと思います。

どんなに頑張っても、第三極では連立パートナーになるしかないし、風頼みの選挙戦術では、長続きをするとも思えません。選挙が近付くにつれ、不安だけがどんどん増しているのでしょう。

夏を過ぎて、秋まで生き残れる政党がいくつあるのでしょうか。


(新聞記事転載貼り付けはじめ)

「舛添氏「第三極の統一名簿を」 参院選比例代表で」

2010年5月2日付 共同通信電子版

 新党改革の舛添代表は2日のNHK番組で、夏の参院選に関し「比例でばらばらに候補者を立てたら死に票が多くなる」と述べ、みんなの党やたちあがれ日本などを念頭に比例代表で「第三極」の統一名簿を模索する考えを明らかにした。

(新聞記事転載貼り付け終わり)

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by Hfurumura | 2010-05-02 18:09

どうなる舛添新党

自民党の舛添要一参議院議員が、有名な知事たちと連携し、新党立ち上げを模索し始めたそうです。新党ブームもついにここまで来ました。たちあがれ日本、首長・首長経験者による新党(山田・中田新党)に続き、舛添新党も動きそうな勢いです。

ここに名前が出ている、橋下徹・大阪府知事、東国原英夫・宮崎県知事は山田・中田新党に加わらないようです。やはり、山田、中田両氏のように、国政からの転身組ではないからでしょう。

もし、舛添氏、橋下氏、東国原氏が提携し、新党を立ち上げることができたら、これは脅威になるでしょう。しかし、舛添氏には人望がなく、彼と一緒に行動してくれる現職の国会議員がいない点がネックになります。

新聞などの報道によると、舛添氏は大変な人気で、「首相になって欲しい政治家」では断トツの結果を残しているそうです。新党を立ち上げて軌道に乗ったら、舛添氏の人気は使えますが、新党を立ち上げて形にするまでのことが舛添氏には厳しいようです。

それで、自民党に残れば、選挙となれば自民党のために戦わねばなりません。それはそれで舛添氏にとっては我慢できないことなのかもしれません。そして、中途半端に自民党を勝たせる結果になることでしょう。それは舛添氏が望む方向ではないでしょう。

イチローがいくら打てるからと言っても、チームに属していなければ試合には出られません。チームを作ることの厳しさを舛添氏は今感じておられることでしょう。

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

「舛添氏が「新党」意欲、連携模索 橋下、東国原知事と」

2010年4月13日付 Japan Press Network 47ニュース

 自民党の舛添要一前厚生労働相が夏の参院選前の離党、新党旗揚げを視野に入れ、橋下徹大阪府知事や東国原英夫宮崎県知事との連携を模索し始めたことが13日、分かった。複数の党関係者が明らかにした。同日ネット配信したコラムでは、橋下氏が掲げる関西での経済特区創設に強い賛意を示しながら「政策を集大成して信を問いたい」と新党への意欲を表明。周辺には「5月の連休は休めない」と大型連休前の結党準備本格化を示唆した。近く東国原氏との会談も予定しているという。

 ただ現時点で自民離党に踏み切っても、政党要件となる国会議員5人の同調者を集める見通しは立っていない。世論の反応を見極めながら、慎重に最終判断する考えとみられる。

 舛添氏は講談社のホームページに連載中のコラムで「日本は底無しの泥沼に落ち込みつつある。その危機感を欠いているところに今の自民党執行部の問題がある」として谷垣禎一総裁による党運営への失望を表明した

(新聞記事転載貼り付け終わり)
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by Hfurumura | 2010-04-13 19:43

誰がやっても一緒じゃないですか

舛添氏待望論が、自民党の地方組織から出ているようです。

舛添氏の人気が高いのは各種世論調査の結果から明らかです。しかし、舛添氏が自民党の要職や総裁に就いても続くのかどうか疑問が残ります。

舛添氏の人気が高まったのは、彼が厚生労働大臣として年金問題に取り組んだことが大きな理由です。確かに彼は大臣として努力をしました。しかし、彼自身がこの問題を発見したわけではなく、受身的に取り組まされたものなのです。

また、現在の人気は、歯に衣着せぬ執行部批判が受けているのですが、これを封じられて、果たして彼の人気が継続するものでしょうか。また、党内で彼を是非担ぎあげようという勢力が存在していないのも、舛添氏
の限界ではないかと思われます。
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(新聞記事転載貼り付けはじめ)

「「舛添氏を党の顔に」要望相次ぐ 自民・全国幹事長会議」

2010年4月8日付 朝日新聞電子版

 自民党は7日、都内で全国幹事長・政調会長会議を開き、夏の参院選を控え、意見交換した。出席者によると、党執行部への苦言のほか、舛添要一前厚生労働相を「党の顔」とするよう求める声が相次いだという。

 非公開の会合では、都道府県連の幹部から「現在の執行部はまじめ。アピールが足りない。舛添氏は圧倒的支持を得ている。選挙で活用しない手はなく、副総裁という手もある」(石川県連)などの意見が複数出たという。

 党執行部も当初、舛添氏の選対幹部への起用を検討したが、舛添氏は「役職は受けない」と拒否している。谷垣禎一総裁は会合で舛添氏を念頭に「(執行部入りを)呼びかけたが、回答のない方もいる。ただ、狭い気持ちでやっているわけではない」と述べ、舛添氏に対する期待感をにじませたという。

(新聞記事転載貼り付け終わり)
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by Hfurumura | 2010-04-08 12:06

派閥対抗戦も遠くになりにけり

反主流派という言葉があります。これは主流の勢力に反対する勢力という意味です。政治の世界では、正式な選挙や手続きを経て権力や地位を持った人(たち)に対し、選挙で敗れた、政策が合わない、個人的に嫌い、という理由で反対する人たちのことです。

自民党政治が華やかなりしころは、まさに主流派、反主流派に分かれて、戦っていました。1993年まで派閥単位で離党はなかったので、党内だけの争いでした。もちろん社会党にも派閥争いがあり、右派と左派の争いというものがあり、右派(左派である社会主義協会に反対する人々)が離党して作ったのが、民社党であり、社会市民連合(のちに社会民主連合、社民連)でした。こちらはイデオロギー対立だったので、激化したんですね。

主流派と反主流派が争うというのは政治の原点です。現在、自民党と民主党、両方ともに党内に反主流派が存在します。民主党の「七奉行」の場合、内閣に入っている人もいますが、昔から、内閣と言うものは、反主流派が入るものです。昔から、総理大臣と党の幹事長が一体です。野党の場合は、党首(総裁、代表、委員長)と幹事長(書記長)が一体となります。

争いが激化すると中立と言うことはあり得ません。自民党の場合、特に1980年代の派閥の規模拡大傾向以前は、中間派というものが存在しました。川島正二郎派、椎名悦三郎派、水田三喜男派など20人くらいで、猟官活動(派閥から1人の大臣を出す)中心で、親分を総理にするという目的ははじめから放棄していました。5大派閥(田中、大平、三木、中曽根、福田)が今も源流になっていますが、これらで多数派工作を行い、連立を作り、中間派が勢いのある方になびく、ということが決まった形でした。

反主流派は、冷や飯を食いながら、捲土重来を期すか、主流派に入ろうとします。面白いもので、オール主流派体制よりも争いがあった方が活気があり、政治もある程度きちんと機能していたように思います。小泉氏の登場でそれも終わってしまいました。

現在の争いは派閥というくくりがうまく機能していないということが言えます。メディアで突出している、人気のある政治家たちが反対活動をしている、という点で、「空中戦」です。舛添氏にしても、七奉行にしても、自分についてくる人たちを養うことができないのです。彼らが徒手空拳で組織にぶつかっても勝てないと思います。

反主流派同士が手を結ぶということは、あまり考えられませんが、田中内閣末期、三木首相が自民党が飛び出し、民社党を軸とする野党がかつぐという話が結構進んだこともあります。それでも力(数と金)がないとそうもいきませんね。

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

「舛添氏、谷垣降ろしに言及 支持率低迷で海外メディアに」

2010年3月1日 朝日新聞電子版

 自民党の舛添要一前厚生労働相は1日、谷垣禎一総裁や党の支持率が低迷していることを挙げ、「党内の良識ある政治家はこの点を注視しており、総裁から降ろす方向に動くかもしれない」と述べた。日本外国特派員協会での講演後、海外メディアの質問に英語で答えた。舛添氏はこれまでも谷垣氏を批判してきたが、具体的に「谷垣降ろし」に言及するのは初めて。

 舛添氏は谷垣降ろしの条件として、世論離れに加え、政策の方向性を挙げ、「執行部が私たちの政策に賛成できない時は一緒に仕事を続けていくことはできない。そのときは党を割らないといけない」と、離党の可能性にも言及した。さらに、みんなの党の渡辺喜美代表や、民主党の小沢一郎幹事長と距離を置く前原誠司、仙谷由人、枝野幸男の3閣僚とも親しい関係にあることを強調し、今後の連携の可能性も示唆した。

(新聞記事転載貼り付け終わり)

(新聞記事転載貼り付けはじめ)

「「参院選は厳しい」で一致 民主「七奉行」が会合」

2010年3月1日 朝日新聞電子版

 民主党の小沢一郎幹事長と距離を置く岡田克也外相、前原誠司国土交通相、仙谷由人国家戦略担当相、枝野幸男行政刷新相ら「七奉行」のメンバーが1日夜、都内の料亭で懇談した。出席者によると、メンバーらは「参院選は厳しい」との認識で一致したという。

 渡部恒三党前最高顧問の呼びかけで開かれた。会合後、渡部氏は記者団に「国民の皆さんにアピールする、この国の経済を成長させる政策があるかどうか、という話をした」と述べた。ただ、小沢幹事長の進退などについては「一言も話が出なかった」と説明した。

(新聞記事転載貼り付け終わり)
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by Hfurumura | 2010-03-02 19:38